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4-03-1 沖縄旅行(1)

夏休みに入った。 でも受験生には夏休みはない。 予備校へ夏期講習の申し込みをした。 受験勉強、真っ盛り。 雅樹とは、一緒の大学に行きたいね、と話をしていた。 でも、雅樹は、模試の結果を見て、「とてもじゃないけど駄目だ、めぐむは頭いいな」と言いながら、うなだれた。 「まだ時間あるから」 僕は慰めると、雅樹は、首を横に振る。 「でも、せめて近くの大学に行きたいな……」 雅樹は、模試の結果をポケットにしまった。 そんな暗い空気を払拭するように、僕は雅樹に提案する。 「ねぇ、雅樹。勉強をずっとしていても効率も下がるから、息抜きに旅行にでも行かない?」 「旅行? いいよ。いくいく。どこがいい?」 雅樹は、即答した。 クスっ。 僕は、微笑む。 雅樹は、受験勉強が相当につらいのだろう。 あの、満面の笑み。 やっぱり、雅樹には、程よい息抜きが大事なんだ。 実は、息抜きしたいのは、僕もなんだけど……。 うふふ。 僕はかねてより心に決めていた場所がある。 「雅樹、沖縄なんてどう? 高校生最後だから遠出もいいでしょ?」 「沖縄か、いいね。思い切っていこうか!」 雅樹も賛同してくれた。 青い空に、綺麗な海。 南国の草木。 そして、真っ白いビーチ。 想像するだけで、うっとりする。 波打ち際のビーチ。 「ねぇ、雅樹、見て、綺麗な貝殻!」 「本当だ、見せてみろよ」 「べーっだ! 見せて欲しかったら、僕を捕まえて」 僕は、波打ち際を裸足で走り出す。 「よし! 待ってろ、めぐむ」 「ほら、早くきなよ、僕を捕まえて! うふふ」 「この! 本気で走るなよ、待てよ! あはは」 でも、やっぱり捕まってしまう。 「捕まえたぞ、めぐむ」 雅樹は、僕の手首をつかむ。 「あん、乱暴にしないで……」 「いいだろ。誰もみてないさ」 ドサッ。 そのまま、砂浜になだれ込む二人。 雅樹は、僕を押し倒し覆いかぶさる。 打ち寄せる波が僕達を包み込む。 「めぐむ……」 「雅樹……」 そして、顔が近づく。 僕は、唇を突き出す。 「んー」 ん? なんだこれ? 鉛筆? 「めぐむ、ちゃんと勉強しろよ。旅行前に課題を済ませる約束だろ?」 雅樹は、怒った顔で、僕の唇に鉛筆を当てている。 そうだった。 今日は、市立図書館で、雅樹と勉強をしていたのだ。 思わず、妄想にふけってしまった。 「ごめんなさい、雅樹」 反省……。 僕は、ヒソヒソ声で雅樹に問いかける。 「ねぇ、雅樹、僕、何か言っていた?」 「えっ? 知らない。いま、英単語覚えているからさ、静かにな」 「そう、よかった」 ホッとする。 「なんか、『僕を捕まえてー』とか言っていたな。そういえば」 「ぶっ。言っていたんじゃん! しかも、そこから!?」 恥ずかしい! 熱い……。 どっと汗が吹き出す。 もう、冷房は入っているの? ここ。 雅樹は、ニヤっと笑う。 「ああ、その後、なんか波打ち際でエッチなことになるんだろ? たしか」 「もう! 全部聞いていたんじゃん! 早く目覚めさせてよ!」 やばい。 顔から火が出そうだ。 熱くて、下敷きで顔を扇ぐ。 でも、追いつかない。 雅樹が、追い打ちをかける。 「俺はさ、この後どうなるのか、気が気じゃなくてさ。ははは」 もう……。 穴が有ったら入りたい。 ちょうどその時、図書館の係の人から声がかかった。 「ちょっと、そこ! お静かに!」 僕と雅樹は、「すみません」と一緒に(こうべ)を垂れた。 旅行の事は、両親に話してみた。 「模試の結果はよかったのだろう? 息抜きにいいんじゃないか?」 と快諾を得た。 ひとまず、ホッとした。 僕は、旅行の計画を一通り説明する。 「ところで、誰といくんだ?」 お父さんは僕に言った。 「えっと、去年同じクラスだった、高坂君」 「ほら、お父さん、高1から、めぐむと仲良くしてもらっている」 お母さんが、お父さんに解説する。 僕は、補足情報を加える。 「高坂君は、もう免許も持っているんだ。だから、移動も大丈夫」 沖縄は、レンタカーで移動すると楽らしい。 「よし俺の出番だな!」 雅樹は、そう言って、張り切っている。 「そうか、じゃあ、高坂君のいう事をよく聞いてな。気を付けて行くんだぞ!」 「はい。お父さん!」 お母さんは、キッチンに僕を呼び出して尋ねた。 ヒソヒソ話。 「本当は、女の子も行くんじゃないの? 好きな子とか?」 「ちっ、ちがうよ。高坂君と二人きり。それに、僕は好きな女の子とか、いないから!」 「そうなの? まぁ、男の子同士なら安心ね。うん、楽しいんで行ってらっしゃい!」 お母さんは、残念そうな、でも、安心したような、表情をした。 まぁ、男同士でも、ラブラブな旅行にはなるんだけど……。 嘘は言ってないからね、お母さん! そして、旅行当日を迎える。 僕と雅樹は羽田空港で待ち合わせた。 「あれ、雅樹はまだかな?」 スーツケースをおいて、フライトの便を確認する。 少し遅れて、雅樹が到着。 でも、僕のことが見えてないようだ。 キョロキョロしている。 僕は、雅樹の後ろに立って、肩をつつく。 「どうしたの? 雅樹」 雅樹は、振り向いて僕を観察する。 「めぐむ?」 「そうだけど?」 雅樹は、目を丸くして、僕の姿を上から下までなめるように見た。 僕は、はっと気が付く。 「あぁ、僕のファッション?」 そうなのだ。 今日は、いつもと趣向が違う。 ショートパンツにスニーカー、薄手のトレーナーにキャップ帽。 ボーイッシュファッション。 メイクも中性的に見えるように工夫している。 雅樹は、改めて僕に尋ねる。 「めぐむ、どうしたんだ?」 「うん、じつはさ、完全な女装にすると、空港の検査とかで引っかかった時に面倒かなって。これなら、男の子にも、女の子にも見えるでしょ? 手を繋いでも大丈夫」 僕は、くるっと一回転して雅樹に見せる た。 「ずっと、この格好でいるの? 旅行中」 僕は答える。 「ううん、沖縄のホテルで着替える予定。それまでの仮の格好かな」 「へぇ、よく考えたな。めぐむは」 雅樹は、感心して腕組みをした。 「どう? 僕のこと見直した?」 僕は、腰に手を置き、胸を突き出す。 雅樹は、答える。 「いや、見直したっていうか」 「いうか?」 「なんか、中学生、いや下手したら小学生に見えるな」 「小学生!?」 雅樹は、うんうん、頷いている。 まったくの予想外……。 僕は、そんなに幼く見えるのか。 ショートパンツのせいか。それとも、キャップ帽? 雅樹は、微笑みを浮かべる。 「いや、ほんと。でも、可愛いよ。めーぐちゃん!」 そう言うと、僕の頭をなでなでする。 「バカにしないでよ!」 僕は、雅樹の手を振り払う。 雅樹は、ははは、と笑った。 「冗談、冗談。まぁ、冗談でもないけど。でも、手を繋いでも違和感はないな」 「そうでしょ!」 僕は、頬を膨らませながら、雅樹の手を乱暴に握る。 雅樹は、神妙な顔つきになる。 「めぐむ。ちょっと、お願いがあるんだけど……」 どうしたのだろう。 もしかして、忘れ物でもしたのだろうか? 「なに?」 僕は、恐る恐る尋ねる。 「悪いんだけど、『お兄ちゃん』と呼んでもらえるかな?」 雅樹は、一転して、いたずらっ子の顔つき。 「もう!」 僕は、つないだ手を思いっきり、ぎゅーっと握る。 「いててて!」 雅樹は、嬉しそうな悲鳴を上げる。 まったく、もう! 雅樹の意地悪はしばらく続きそうだ。 まぁ、逆に言えば、これって僕の格好を気にいっている証拠だ。 ふぅ。 まったく、しょうがないなぁ。 「はいはい。もういきましょうね、お兄ちゃん。飛行機でちゃうから」 僕はわざとらしく「お兄ちゃん」を強調して言った。 雅樹は、満面の笑みで、「うん! 行こう!」と返す。 僕は、出発カウンターの方へ、雅樹の手を引いて向かった。

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