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4-06-1 モデルのお仕事(1)
僕と雅樹は一緒に美術教室に向かっていた。
翔馬たってのお願いを叶えるためだ。
「待っていたよ。こっち、こっち」
黒川さんは、美術準備室の前で手を上げた。
満面の笑みの黒川さん。
何か、いやな予感がしてならない……。
僕と雅樹を顔を見合わせた。
「もう、腹をくくるしかないな……」
「うっ、うん」
僕と雅樹は黒川さんに続いて部屋に入る。
「こっちの部屋、控室に使ってもらうつもりだから」
油絵具の匂いだろうか。
独特の匂いがする。
周りを見まわすと、キャンパスやイーゼルなど所せましと置かれている。
僕と雅樹はベンチ椅子に腰かけた。
黒川さんは言った。
「今日はありがとう! ずっと、あなたたち、いいなぁって思ってたんだよね」
僕と雅樹は顔を見合わせる。
「まぁ、翔馬の頼みだったから……」
と、雅樹は答える。
「うん、森田君には感謝しなきゃね。相談してよかった!」
黒川さんは、本当に嬉しそうだ。
手を合わせてはしゃぐ。
翔馬が好意を寄せる黒川さん。
去年同じクラスだったけど、全くといっていいほど話したことがない。
なるほど、改めてみると、見た目は可愛らしい感じの子。
話し方はさっぱりとしている。
「本当は、去年、頼みたかったんだけど、なんていうか、美男子グループだからちょっと話掛けずらかったのよね」
「美男子?」
雅樹が言う。
「あら、知らなかった? あなたたち4人、ほらちょと美形でしょ、女子からは人気があったんだけど……」
「そうだったんだ、知らなかった。ねぇ、雅樹」
僕はそう答えたけど、知っているんだ。
見守り隊の事を言っているんだ。
雅樹は興味ないようだ。
フーンと言うと、黒川さんに質問をした。
「で、何をしたらいいんだ?」
「そうね。まずはみんなに紹介するわ」
黒川さんに引きつられて美術教室の方に移動した。
準備室と美術教室は廊下に出なくても扉があって行き来できる。
「今日、モデルになってくれる、高坂君と、青山君」
黒川さんは、僕達を紹介する。
「よろしく!」
雅樹と僕は頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
美術部員は10名ぐらいだろうか。みんな女子だ。
挨拶のあと、かっこいい、とか、可愛い、とかひそひそ声が聞こえてくる。
僕と雅樹は、黒川さんに連れられ、準備室にいったん戻った。
「見ての通り、女子ばっかりだから、男子のモデルはありがたいのよ」
黒川さんは扉を閉めた。
「それじゃ、まずは、上、脱いじゃってくれる?」
黒川さんは、さらっとそう言うと、服を入れる籠を指さす。
そして、教室の方へ出て行った。
黒川さんが出て行ったのを確認すると、雅樹が言った。
「やっぱり、ヌードなんだな」
「でも、上半身ならまだよかったよね」
僕達は、シャツを脱ぐ。
雅樹は、筋肉質でかっこいい。
それに引き換え、僕は小柄だし、人前にだせるような体じゃない。
どうせ、僕はカワイイ担当なのだから誰も期待してないはず、と思うことにした。
「準備いい?」
黒川さんの声が聞こえる。
僕と雅樹は、教室に移動した。
色めき立つ。
キャーという控えめな歓声と、ひそひそと話す声。
みんなの視線が集まる。
主に、雅樹だけど、一部からは僕も見られている。
「なんか、恥ずかしいね……」
「まったく」
黒川さんは僕たちを手招きすると、
「じゃ、まずはこっちにきて……」
と教室の中央に呼んだ。
「最初だから、あまり疲れない楽なポーズでいきましょうか?」
黒川さんは、少し考えている。
イメージしているようだ。
「まずは向い合せに立って」
僕達は言われる通りに立つ。
「もっとくっついて!」
一歩前にでる。
僕は背が低いから、雅樹を見上げないといけない。
「じゃあ、高坂君は、青山君の腰に手をやって、そう、支えるように」
雅樹は、僕の腰に手を当てる。
そして、下からぎゅっと支える。
「で、青山君は、高坂君を見上げて、そのまま、首に腕をまわしちゃって」
僕は少し背伸びをする。
これって、普通に抱き着いている格好じゃないか。
雅樹の胸に僕の胸が密着する。
雅樹の温もりがつわたってくる。
肌が触れたところが敏感になる。
「本当にこんな格好? 恥ずかしいんだけど」
僕は、堪りかねて黒川さんに言う。
「うん。いい感じ!」
黒川さんは全く聞いてない。
指でフレームの形を作り、片目をつぶり覗いている。
「うーん。目線は、見つめ合う感じで。青山君はもっと見上げる感じがいいわね」
構図がきまったようだ。
「じゃあ、20分そのまま。みんな、始めて!」
部員に号令を掛けた。
みんな、シャッシャッとデッサンを始める。
真剣なまなざしだ。
男同士が抱き合っている図なんて、おかしく見えると思うのに、黒川さんを含め誰一人として変だと思っていないらしい。
なるほど、こんなに真面目に取り組んでるのに、恥ずかしがっているのが、バカバカしく思えてきた。
雅樹も、最初は恥ずかしそうだったけど、僕と同じように教室の雰囲気にのまれてきたようだ。
僕を支える腕にも力がこもっていて、頼もしい。
とはいえ、同じ姿勢でいるのはなかなかつらい。
背伸びした足がプルプル震えてくる。
「意外と長いね。20分って」
「たしかにな……」
僕達は時間が分からないけど、腕組みしたり、手を休めている人もちらほら出てきている。
そろそろかもしれない。
「はい、そこまで!」
黒川さんの声で、体勢を崩す。
「じゃ、二人は5分休憩して。みんなは仕上げをして、次の準備!」
僕と雅樹はいったん準備室に戻った。
雅樹は、肩をぐるぐる回して言う。
「ふぅ。まぁ、疲れるけど、なんとかなるかな」
「そうだね。思ったよりは恥ずかしくないし……」
僕も感想を漏らす。
しばらくすると、黒川さんの声が聞こえた。
「そろそろいい?」
「はーい」
僕と雅樹は教室に向かった。
僕達が教室に入ると、黒川さんと部員で何やら議論をしていた。
「部長!」
「はい、どうぞ」
「次は、青山さんの後ろから高坂さんが抱き着くのはどうでしょうか?」
黒川さんは、他の部員の意見を確認する。
うんうん、とか、賛成!という声が多いようだ。
黒川さんは、腕組みを解き、
「よし! それでいこう」と言った。
すかさず、僕と雅樹に指示をだす。
「二人とも、そこの丸椅子に座って」
良かった。
今度は座りなんだ。
立ったままは疲れるから助かる。
「じゃあ、高坂君は、後ろの椅子ね。そうそう。そして、青山君の後ろから抱き着いて首筋にキスするかんじで」
雅樹の息が首に当たってくすぐったい。
「青山君は、体を気持ちそらせて、少し顎をあげて。そうそう、目は閉じたほうがいいかな。手が難しいわね……」
黒川さんは、あれやこれら試す。
結局、雅樹が回した腕を僕がすこし手が添えるようなポーズとなった。
そしてデッサンが始まる。
美術部員の人達は、2回目で慣れてきたのか、手を動かす速さが心なしか早い。
なんだろう、吸血鬼に噛まれている、といったようなシチュエーションに似ている。
こんな格好、どう見ても恥ずかしいはずなんだけど、この雰囲気だとそんな気持ちにならないのが不思議だ。
ただ、それよりも……。
首筋にかかる雅樹の息。
背中から伝わる雅樹の心臓の音。
雅樹の手の温もり。
こんなに長い時間、触れられているのは初めてだ。
変な気持ちになってくる。
それに、徐々にだけど、雅樹の息が荒くなっているようにな気がする。
はぁ、はぁ……。
だめだ。
僕も息が荒くなっているのがわかる。
その時、黒川さんの声が聞こえてきた。
「はい、じゃあそこまで!」
助かった……。
僕と雅樹は準備室へ退出した。
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