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4-05-2 翔馬のお願い(2)
あれ、どうして僕は、翔馬を好きだなんて……。
でも、確かに、翔馬ってカッコいいんだ。
浅黒くて、爽やかな笑顔。
鼻筋が通っていて、円らな澄んだ瞳。
首筋から肩に盛り上がった筋肉。
そして厚い胸板……。
ああ、翔馬!
なんて、カッコいいの!
「ちょ、ちょっと、どうしたんだ? めぐむ。どっか頭でも打ったか?」
「ううん、平気。そんなことより、ねぇ翔馬、ギュっとして!」
僕は、うわごとのように翔馬にお願いをする。
「はやくしてよ!」
「なんか様子がおかしいけど、まぁ、ぎゅっとするぐらならな」
翔馬はそう言うと、僕にギュっと抱き着く。
あぁ、筋肉がすごい。かたい。
締め付けられる。
苦しい?
ううん、違う、押さえつけられて、自由を奪われた感じ。
あぁ、なんだか興奮してきちゃう……。
翔馬は言った。
「めぐむ、いったん、降ろすぞ。いいな?」
「だめ! このままでいて!」
僕は頬を膨らませる。
このまま、翔馬の腕に寄り掛かっていたいんだもん。
「そんなことを言ったって、このままじゃ。ほら、周りから見られているぞ!」
僕は周り見る。
なるほど、翔馬と僕が抱き合っている様子が伝わったのだろう。
ギャラリーが集まってきている。
でも、そんなのは、どうでもいいんだ。
いまは、翔馬と、もっと、もっと、触れ合いたい。
翔馬は、言った。
「困ったなぁ」
「じゃあ、キスしてくれたら、下ろしていいよ」
僕は、取り引きを申し出る。
翔馬は、驚いた顔つきになった。
「めぐむ、いくら何でも、キスって……」
ギャラリーから、ヒソヒソ声や、小さくキャッという声が耳に入ってくる。
でも、ぜんぜん、気にならない。
んー……。
僕は、目を閉じて、唇を尖らせる。
ふぅ。
翔馬の溜息。
「しようがないなぁ、まぁ、男同士だからキスぐらいいいか」
「うん。早くしてよ」
「わかったよ」
すると、翔馬は、僕の唇に唇を合わせる。
いや、合わせる寸でのところ。
「ちょっと待てよ!」
雅樹の声。
ギャラリーをかき分け、雅樹が近寄ってくる。
雅樹、どうしてここに?
あれ、どうして、今、僕は翔馬に抱きかかえられているの?
そんなのは、どっちだっていいんだ。
はやく、翔馬にキスしてもらわなきゃ。
でも、雅樹は、どうして困った顔をしているんだろう。
あわわわ、なんだか、良くわからない……。
雅樹は言った。
「翔馬、めぐむは混乱しているんだよ。俺が保健室に運ぶから、こっちに」
「おう分かった。頼むぞ」
僕は翔馬の手から雅樹に手に渡される。
「あぁ、翔馬! キスして! はやく!」
「めぐむ、暴れるなよ。大丈夫か?」
雅樹は、僕を抱きかかえて、なだめようとする。
ギャラリーからは、三角関係ですって、とか、あの男の子を取り合いだって、などの声。
おや? 今度は、雅樹に抱きかかえられている。
でも、翔馬は? 翔馬はどこ?
雅樹は、僕を抱きかかえて図書室を出た。
渡り廊下を進む。
ゆらゆらする。
あぁ、なぜだろう、気持ちいい。
しばらくして、次第に意識が鮮明になってくる。
はっ、として周りをキョロキョロする。
学校内なのに、雅樹に抱きかかえられている?
「ちょ、ちょっと、雅樹! こんなところで、抱っこはまずいよ!」
僕は、声を上げた。
雅樹は、それを聞いて、僕の顔を覗き込む。
そして、ホッとした表情で言った。
「ふぅ、やっと、正気に戻ったか……」
「正気って、あれ、そういえば、僕はどうしてここに? 図書室で本を……」
「ははは。まだわからないのか? 翔馬フェロモンにやられたんだよ」
「えっ? 本当に?」
僕は驚いて雅樹に聞き返す。
「本当さ」
僕と雅樹は、渡り廊下から中庭に移動した。
そして、花壇の縁に座る。
「人によって違うんだよ。そのまま本当に翔馬を好きになってしまう場合もあれば、めぐむのように別人格が形成されてしまう場合もある」
雅樹は、説明する。
3年生になって、翔馬と雅樹のクラスでそういうことが何度かあったらしい。
「なるほど。きっと、僕の根底は雅樹が好きだから、それを捻じ曲げられずに別人格が生まれたんだね」
「その通り。まったく、ひやひやしたよ」
雅樹は、僕のぽっぺをツンっと突いた。
僕は、その指を掴みながら言う。
「僕も驚いた。でも、どうして急にこんなことに……」
そうなのだ。
当初、翔馬にドキドキすることはあった。
でも、最近では免疫ができたのか、二人で話していてもこんなことは起こっていない。
雅樹は答える。
「分からないな。でも、もしかしてだけど……」
「うん」
雅樹は腕組みをしながら、仮説を話し出す。
「今日は特別じゃないかと思う」
「特別?」
僕は、まったく意図がわからず聞き返す。
「そう。今日は、翔馬は俺達にお願いをしただろう? モデルの件。そして、俺たちはそのお願いを受けいれた」
「うん」
「翔馬は言っていたよな。『受けてくれないかと思っていた』って。だから、黒川さんに大見得を切ってしまった手前、相当なプレッシャーだったんだと思う」
たしかに、翔馬は、僕が「いいよ」と答えた後、本当に嬉しそうな顔をした。
雅樹は話を続ける。
「だから、使命を果たした解放感と、俺たちへの感謝の気持ちが、フェロモンとして大量に分泌されたのではないか、これが俺の推理」
「なるほどね……」
僕は、あごに手を当てて雅樹の推理を考えてみた。
きっと、雅樹の推理通りなのだろう。
腑に落ちた。
「雅樹の推理はあっていると思う」
「うん。今の翔馬は、自分が気が付かないうちに、いつもよりも強力なフェロモンを放っている。だから、翔馬の近くはやばい」
僕は、はっとした声に出す。
「でも、それが正しいとすると……さっき図書室では、ギャラリーは女子ばっかりだったよ」
「まずい!」
僕と雅樹は、急いで図書室に引き返えした。
「あぁ、やっぱり!」
雅樹は、その光景を見て、肩を落とした。
翔馬の周りは、女子達で埋め尽くされている。
女子達の黄色い声で、図書室は騒然としている。
その周りでは、なんだ、なんだ、と話し声。
図書委員の誰かが、混乱の収拾に動いているか確認する。
あぁ、図書委員の後輩まで……。
翔馬のフェロモンにやられてキャー、キャー、言っている。
あちゃー。
僕は、手で顔を覆った。
翔馬は、僕達に気が付くと手を挙げた。
そして、叫けぶ。
「おーい! 雅樹、めぐむ! これは、いったいどうなっているんだ? みんなおかしくなっているぞ!」
「まったく、ひどい目にあったよ。ははは」
翔馬は、頭を掻きながら言う。
僕と雅樹は、急いで翔馬を中庭まで連れ出した。
僕は、一応警戒して、すこし離れる。
「翔馬、今日は大人しく家に帰ったほうがいいな」
雅樹が言う。
「あぁ、そうするよ。でも、どうして皆、変になったんだ? あっ、そうだ、めぐむは大丈夫?」
「うん。ごっ、ごめん。なんか混乱しちゃってさ……」
僕はしどろもどろに答える。
「やっぱりな。変だと思ったよ。まぁ、気にするなよ。俺も忘れるからさ……」
「うん……」
恥ずかしい。
しばらくは、翔馬と面と向かって話すのはできそうもない。
僕は、気まずい空気を払拭させようと、あること思いつく。
「そうだ! きっと、図書室の怨念のせいだよ!」
これは、僕が今、適当に思いついた作り話。
でも、怨念とか超常現象のせいにしておけば、今日のパニックの理由も簡単に片付く。
「怨念?」
翔馬は、訝し気に聞き返す。
ここは、図書委員の肩書を使い、それらしく話を盛っていく。
「前に、聞いたことがあるんだ。図書室で告白して成就できなかった生徒の思いが、怨念となって漂っているって」
翔馬は、なるほど、それだなきっと、と頷いた。
ホッ……。
よかった。翔馬は単純で。
その時、僕は、肩を叩かれたことに気が付いた。
「その話、詳しく!」
振り向くと、ジュンが仁王立ちでそこにいた。
「図書室で集団パニックが起きているというので、オカルト研修会の部室から走ってきたんだ」
帰り道の緑道。
僕と雅樹は、並んで歩く。
翔馬は、あれからすぐに下校した。
僕と雅樹は、先ほどようやく、ジュンから解放されて学校を出たのだった。
「いやー。今日は、すごい一日だったな」
「本当に。翔馬フェロモンってすごいよね」
二人苦笑する。
雅樹は、口を開いた。
「俺さ、不思議に思ったことがあるんだけど」
「なに?」
「黒川さんって、翔馬フェロモンが効いてない気がする」
「そう言われみれば……」
「もしかして、黒川さんは、翔馬フェロモンが効かない女子なのかもな」
「翔馬フェロモンが効かない女子……」
去年の後夜祭の時だって、黒川さんは、特に変になる様子はなかった。
翔馬は、最近、友達になったと言っていた。
でも、そのまま、翔馬にぞっこん、というわけでも無さそうだ。
「翔馬は、本能的にそういう女子に惹かれている、のかもな」
「うんうん。見せかけじゃなくて、心の底を好きになろうとしている。きっとそうだ」
僕達4人は、同じ。
一見、交わるところが無さそうな4人だけど、心の底では同じものを求めている。
繋がっている。
うん、なんか納得できる。
「そうだ、めぐむ、これ、渡し忘れていたもの」
雅樹は、思い出したように、カバンから一枚の写真を取り出す。
そして、僕に差し出した。
僕は、それを見て、あっと声を上げた。
「美ら海水族館で撮った写真!」
「うん、あまりにもいい写真だったら、印刷したんだ」
「ありがとう。本当だ、とっても良く写っているね」
写真の中の雅樹を見る。
僕の雅樹。
間違いない、僕が好きなのは雅樹。
よかった。
翔馬を好きになったりしなくて。
今日は、きっと試されたんだ。神様に。
本当に、雅樹のことが好きなのか?って。
僕は、心の底から雅樹を愛しているんだ。
この気持ちは、揺らがない。
「めぐむ、あまり強く握るなよ! 写真がおれちゃうぞ!」
雅樹の声に、はっ、とする。
「あっ、しまった……」
僕は慌てて、折り目になりそうなところを伸ばす。
そして、大好きな雅樹の顔をそっと指でなぞった。
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