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4-05-1 翔馬のお願い(1)
夏休みが終わり新学期が始まった。
僕は、図書室のカウンターで夏の楽しかった旅行のことをぼんやりと思い出していた。
受験勉強も本格的に始まっていて、こんな委員会の当番がちょうどいい息抜きになる。
「返却はこちらの日付まででお願いします」
後輩の子が扉から入ってくる。
「先輩、交代します」
「お願い」
なにかの本を借りて帰ろうと思い立った。
勉強の合間に推理小説の短編物でも読んで、気晴らしをしよう!
文庫本の本棚へ向かう。
と、そこへ、雅樹と翔馬がやってきた。
「よぉ、めぐむ。久しぶり!」
翔馬が言う。
雅樹は手を挙げている。
「よっ!」
雅樹も久しぶりな気がする。
やっぱりクラスが違うと学校ではあまり会えない。
「ちょっと話があるんだけどいいか?」
翔馬が談話エリアのテーブルを指して言った。
「めぐむ。お願いがあるんだけど……」
翔馬は、手を合わせ、お願いのジェスチャーをする。
雅樹は、黙って聞いている。
話の内容は既に知っているようだ。
「今度さ、美術部で絵のコンテストがあるらしいんだけど、モデルがいないんだって」
「美術部? へぇ……」
どうして、いきなり美術部?
僕は、雅樹の顔をチラッとみた。
雅樹は頷く。
黙って聞けって事のようだ。
「それで、お願いなんだけど……」
翔馬は、両手を合わせた。
「めぐむにモデルをやってほしいんだ。頼む!」
「えっ、えー?」
突然過ぎる。
「ところで、どうして翔馬が美術部のモデル探しをしているの?」
翔馬は、腕組みをして目を閉じた。
「話すと長くなるんだが……」
別に長くはなかった。
要は、黒川さんの頼みらしい。
最近、翔馬は黒川さんと普通に話せる友達の関係まで進展している。
さらに親密になる為には、何かきっかけが欲しい。
そんな中、このモデルの話が出た。
困っている黒川さん。
あぁ、大好きな黒川さんの為に俺が手伝える事は無いだろうか?
黒川さん! 俺が、モデルをやります!
えっ? イメージと違う?
今回は、筋肉隆々は求めていない?
あぁ、何という事だ!
俺の筋肉のバカバカ!
でも、俺は黒川さんの為に一肌脱ぎたいんだ!
それこそ、一肌脱いで裸でも構わない!
えっ? それも、要らないだって!
チクショー!
その代わり、友達にお願いしてくれないかって?
そのぐらい朝飯前さ。
大船に乗った気持ちでいてくれよ! ハニー!
翔馬は、そこまで話すと、「と、いうわけでなんだ。ははは」と笑う。
僕は、笑いながら言った。
「可笑しい! それどこまで本当なの?」
「まぁ、ちょっと、着色したけどな。ははは。大体、本当だ!」
翔馬は、嬉しそうな顔をする。
好きな人が困っているんだ。
助けてあげたいと思うのは当たり前。
翔馬は、照れ隠しに面白おかしく話したけど、本当はもっとシリアスで重大な事なんだと思う。
そして、とても嬉しかったんだ。
好きな人に頼られた事が……。
その気持ち、よくわかるよ、翔馬。
「で、どうして僕なの?」
僕は尋ねる。
「あぁ、黒川さんとは去年の同じクラスだっただろう? その時から、雅樹とめぐむは目を付けていたって。何て言ったかな? カプとか言うやつ?」
「カプ? 何それ?」
僕は、よくわからず聞き返す。
「いや、俺もよくは知らない。ちなみに、俺はジュンとカプらしい。まぁ、相性がいいっていう事じゃないか? 俺とジュンはよく議論白熱する事があるからな。雅樹とめぐむもそこそこ仲いいだろ?」
「まぁ、確かに雅樹とはそこそこ仲は良いけど……」
僕は、雅樹の方をちょろっと見る。
雅樹は、澄ました顔をしている。
「その話だと、雅樹もモデルに指名されているって事?」
「その通り! で、雅樹は承諾済さ」
「本当? そうなの、雅樹?」
雅樹は、「まぁな。翔馬の頼みだからな」と言った。
雅樹なら断らないだろうな。
翔馬の好感度アップがかかっているんだ。
何より親友のためだ。
僕だって翔馬の頼みじゃ断れない。
僕は、ひと呼吸置く。
そして言った。
「翔馬、わかったよ。やるよ。モデル」
「おぉー、そうか、引き受けてくれるか! ありがとう。恩に着るよ!」
翔馬は、ホッと息をついたかと思うと、嬉しそうに僕の手をとり握手してきた。
「実は、引き受けてくれないんじゃないかと思って、夜も寝れなかった。黒川さんに謝らないとなって」
僕は、その手をさりげなく振りほどく。
そして、尋ねた。
「で、どんなモデルなの?」
「うーん。よくわからないけど、ヌードらしい」
「ぶっ。なにそれ!」
「おい、翔馬! 俺は聞いてないぞ!」
雅樹も驚いている。
翔馬は、悪びれる事もなく笑いながら言った。
「まぁな、言ってないからな。ははは。だって、言ったら断るだろ? 二人とも」
翔馬はにやりと笑う。
確信犯だ。
翔馬は、
「まぁまぁ、落ち着けよ。大丈夫だって」
と、僕達をなだめるように言った。
「どう大丈夫なの?」
僕は質問する。
「一人なら恥ずかしいけど、二人だから平気だろ?」
「平気じゃないよ!」
僕と雅樹が同時に言った。
とにかく、引き受けてしまったからにはやるより仕方ない。
はぁ、ヌードかぁ。
人前で裸になるのは気が進まないけど、雅樹と一緒なのは、不幸中の幸。
変なポーズを要求されないことを祈るしかない。
モデルの依頼の話は、一旦終了した。
それから、受験勉強の進み具合の話に移る。
「そういえば、今度の模試の準備はどうだ?」
翔馬の問いかけに、雅樹は答えた。
「俺は、まぁ、やれるだけのことをやる、それだけだ」
翔馬は頷く。
「僕も、かな。自信なんかまったくないし。めぐむはいいよな。勉強できてさ」
僕は、手を振りながら言った。
「そんなこと、無いよ。必死で、勉強しているよ」
翔馬は、腕組みをした。
「めぐむ、何か、コツってないか?」
「コツねぇ……」
コツなんかあるのかな。
ひたすら勉強をするだけ。
あっ、でも……。
雅樹と沖縄旅行で息抜きをして以来、勉強がはかどった気がする。
「翔馬、やっぱり、たまに息抜きが大事かも」
僕は、雅樹の顔をちらっとみる。
雅樹の口元が少し緩んだ気がした。
「おぉ、それがコツか!?」
翔馬は、顔を明るくする。そして、何かを閃いたようだ。
「俺の息抜きといえば、読書だな。あっ、そうだ! めぐむ、何か面白い本、紹介してくれよ!」
翔馬は、そう言うと、僕の腕を引っ張る。
「ちょ、ちょっと、翔馬。分かったから、離してよ」
「おっと、ごめん。痛かったか?」
「違うよ、ほら、静かにして! みんなに見られているじゃん。図書室なんだから」
僕は、さっきから、周囲からチラチラと見られていることに気が付いていた。
うるさいわけじゃない。
きっと、翔馬と雅樹のイケメンコンビに、僕が絡んでいる図が注目を浴びているんだ。
まったく、相変わらず翔馬は自分がモテることに鈍感。
僕は、一つ溜息をついた。
そして、「じゃあ、いこう! 翔馬」と言うと、席を立った。
歴史小説のコーナーに、翔馬と来た。
雅樹は、待っているよ、と言って、机に勉強道具を広げ始めた。
僕は、図書委員だから、揃っている本は大体わかっているつもり。
「ねぇ、翔馬、いまどんな本を読んでいるの?」
僕は翔馬に尋ねる。
「最近、全然読んでないんだよ。前に、読んだのって何だったかな。一周回って信長だったか」
「織田信長かぁ。なるほど」
信長の周辺で、何か面白い本。
なにか、あったかな?
「そうだ、翔馬。信長の小姓の森蘭丸って知っている?」
「あぁ、知っているぞ。美少年なんだろ? それで、信長に気に入られて本能寺の変で一緒に死んだ」
「うん。でも、いろいろと逸話があってさ……」
実は、ちょっと前に読んだ本なのだ。
触りの部分を少し話すと、翔馬は目を輝かせる。
「なるほど、17歳の生涯か……」
「そうそう、僕達と同じでしょ?」
「たしかに面白そうだな。よし、それにしよう!」
翔馬は、指をパチリと鳴らす。
「うんうん、絶対に、お勧めだから!」
よかった。
翔馬に興味を持ってもらって。
「えっと、本の場所はね。前に返したのは僕なんだ。へへへ」
僕は背伸びをして手を伸ばす。
本の背に触れた。
よし、取れそう。
そう思ったとき、僕はバランスを崩した。
あっ、だめ。転びそう……。
上半身が、真横に傾く。
バサバサバサッ!
何冊かの本が宙を舞う。
怖くて目を瞑る。
床に叩きつけられる。
痛いのは嫌だ。
あぁ、どうして僕はこうなんだろう……。
そう思ったら、ふわっとした感じ。
あれ?
どうして?
「めぐむ、大丈夫か?」
翔馬の声。
目を開ける。
「あっ、翔馬?」
目の前には、僕の顔を覗き込む翔馬の顔。
翔馬が僕を抱きかかえてくれたんだ。
「ありがとう」
そう、言おうとした。
でも、おかしい。
僕は違うことを口走っていた。
「翔馬、好き!」
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