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4-07-3 ジュンと片桐先生(3)

5番テーブルに着いた。 「失礼しまーす。めぐみといいます!」 お客さんは、ちょっと飲みすぎのようだ。 テーブルに突っ伏している。 うーん、うーん、と唸っている。 「あの、お客様、大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だ……」 僕は、お客さんの背中を支えて起こしてあげる。 とてもスタイリッシュな服装で、清潔感があってカッコいい。 香水のいい匂いがする。 どこかのIT企業の社長さんなのかもしれない。 お客さんは、うーんと言って、そのまま、ソファのもたれこんだ。 僕は、ちらっとお客さんの顔を見て、思わず、あっ、と声を上げそうになった。 「ん? どうした?」 ソファにもたれていたお客さんは、片目を薄っすらと開く。 「いっ、いいえ、何でもありません」 片桐先生? 僕は、まじまじとお客さんの顔を見る。 間違いない。 片桐先生だ。 やばい。 どうして、ここに片桐先生が? 頭の中がぐるぐる回る。 僕がムーランルージュに出入りしていることを察知して? いいや、そんなことはあるはずはない。 バレていれば、山城先生がそれとなく教えてくれるはず。 普通に、お客さん、だよね? 単なる偶然。そう、偶然のはず。 だとしても……。 いくら僕が完璧な女装していたとしても、こんな間近でお話をするんだ。 いくらなんでも、バレる。 危ない。 極めて危ない。 幸いにも、片桐先生は、まだ僕に気づいていない。 心臓が、ドクン、ドクン打ち始める。 僕は、手の震えを抑えながら、お酒のボトルを手にする。 目を合わせないように、うつむき加減で話す。 「お注ぎしますね……」 「ん、ありがとう。あれ? 君どこかで……」 片桐先生は、僕の顔をまじまじと見つめる。 あっ、だめだ。 そんな風に僕を見ないで! 息ができない。 体が硬直する。 冷や汗が、つーっと頬を伝わる。 「気のせいか……」 ふぅ。 よかった……。 一気に緊張が解ける。 まったく、これでは心臓がいくつあっても足りない。 「さぁ、どうぞ」 僕は、グラスにお酒を注ぐ。 片桐先生は、「あ、ありがとう」と言うと、グラスを手に、ぶつぶつ独り言をもらしている。 だいぶ飲んでいるようだ。 もし、絡んでくると対処できないかも。 どうしよう。 変わってもらおうか? ユミさんの方見ると、キャストさん達への指示で忙しそうだ。 うん、続けよう。 ヘルプの役目を果たさなきゃ! それに、片桐先生は、酔っているんだ。 バレる心配だってもう無いだろう。 「あの、大丈夫ですか?」 僕は、優しく問いかける。 片桐先生は、うつろな目をして、宙を見る。 「僕は、悩んでいるんだ……君、僕の話をきいてくれるかい?」 「もちろんです。ここはお客様のお話を聞くところですから」 グラスの中で氷がカランと音を立てた。 片桐先生は、話し始める。 「僕のことを好きになってくれている子がいるんだけど、僕はどうしたらいいのかわからないんだ……」 片桐先生を好きな子って。 もしかして、ジュンの話? 絶対そうだ。 先生は、ジュンの事で悩んでいる。 やばい。 緊張してきた。 先生のジュンに対する気持ちを聞けるんだ。 片桐先生は、続ける。 「僕は、その子を本気で愛してしまった。僕にはちょっと変わった趣味があるんだ。普通の人は気持ち悪がるような趣味。でも、その子は、そんな僕の趣味を好きだ、と言ってくれた。すごいだろ?」 僕は、無言で相槌を打つ。 「僕の全てを受け入れてくれる。そんな人がいるなんて思ってもみなかった……」 ふと、あの音楽準備室での一件を思い出す。 ジュンの熱い告白が蘇る。 そうか。 やっぱり、嬉しかったんだね。先生も。 「その子がね、僕の本心をさらけ出して欲しいって言うんだ。それで、僕は悩んでいる」 えっ? これって……。 ジュンの悩みそのもの。 僕は、恐る恐る尋ねる。 「どっ、どうして、悩んでいるんですか?」 「僕の本心は、そう、その子にも僕と同じ趣味をもって欲しい、と思っている」 ああ、やっぱり……。 宗近さんが言った通りだ。 ジュンと一緒にあのコスプレをしたい。 好きな人と一緒に。 そういうことなんだ。 ちょっと待てよ。 宗近さんの言葉をふっと思い出す。 後押し出きれば何とかなるかも。 たしか、そう言った。 よし! これは、チャンスかもしれない。 僕は、真剣な眼差しで、片桐先生の話に耳を傾ける。 片桐先生は、天を仰ぎ見た。 「でも、一途な目を見ると言い出せない。断られる。失望させてしまう。そうしたら、その子を、その子との関係を失ってしまう……」 顔を歪ませ、目に涙を溜めている。 「怖い、怖いよ。だから、口に出来ないんだ……」 片桐先生は、頭を抱える。 僕は、片桐先生の手をスッと握ってあげる。 片桐先生は、涙で濡らした顔を上げて僕の顔を見る。 僕は、優しく微笑む。 ありがとう、片桐先生。 僕は感謝しているんだ。 だって、こんなに真剣にジュンの事を思ってくれているんだもん。 「大丈夫ですよ。きっと、その子はすべてのことを受け入れてくれると思います」 僕の言葉に、片桐先生は、不思議そうな顔をする。 「どうして、そんな事が……」 「ええ、分かるんです。私には。こう考えてください。その子は、そんな貴方の望みをひっくるめて、貴方の全てを愛している、と」 僕の脳裏に、ジュンの不安で泣きそうな顔が思い浮かぶ。 ジュン、大丈夫だからね。 きっと片桐先生は、ジュンのもとに、ありのままの姿で現れるから……。 僕に任せて! 「きっと、貴方が打ち明けるのを待っています。打ち明ければ、大喜びすると思いますよ」 片桐先生は、僕の言葉を噛み締めていた。 しばらくして言った。 「たしかに、君の言う通りかもしれない。その子は、きっと僕の全てを受け入れてくれる。そんな事はわかっていたんだ。僕が臆病なだけだったのかもしれない」 片桐先生は、キリッとした表情に戻っている。 その顔はもう迷っていない。 真っすぐ前を見据えている。 「はい!」 僕は、笑顔を作って大きく頷く。 片桐先生は改めて僕の方を見た。 「ありがとう、えっと……」 「めぐみです」 「めぐみちゃんか。なんか、君は不思議な人だ……」 片桐先生はそう言うと、柔らかい笑みを浮かべた。 その時、ユミさんから声がかかった。 「めぐみちゃん、そろそろです!」 「はーい! すみません、ちょっと失礼しますね」 僕は、お辞儀をすると、片桐先生のもとを後にした。 ジュン、僕はやるだけの事はやったよ。 後は、片桐先生が一歩前に足を踏み出してくれるかどうか。 きっと、先生ならできるよ。 片桐先生、頑張って! あれから、しばらく経ったある日。 体育の授業で着替えをしていた。 「ジュン、早く行こうよ。授業、始まっちゃうよ!」 着替えが終わっていないのは、僕とジュンだけ。 いつも遅くなってしまう。 僕は、先に着替えが終わりジュンの着替えを見守る。 ジュンは嬉しそうに言った。 「めぐむ、ボクをみて!」 「えっ?」 ジュンは、制服のズボンとシャツを脱いだ。 そこには、セクシーな女性物のショーツを身にまとったジュンの姿があった。 「ボク、可愛い?」 「ちょ、ちょっと! ジュン! 学校でそんなパンツ……」 ジュンは、くるっと一周してセクシーポーズを取る。 紐のショーツの前の部分は、こんもりといやらしいく膨らんでいる。 驚く僕にジュンは満足気だ。 「このパンティ、片桐先生からのプレゼントなんだ。ふふふ」 「プレゼント? 本当に? ジュン、よかったじゃない。って……いくらなんでも、学校に穿いてきちゃ……」 「うふふ。いつもじゃないから平気。たまにだから!」 「たまにって……誰かにバレたら大変だよ!」 「いいの、いいの。気を付けているから大丈夫!」 ジュンは、照れながらも嬉しそうに笑う。 そして、両手でショーツをいやらしく触れながら、前の膨らみをこすりはじめた。 心なしか、おっきくなっている。 僕は、ちょっと恥ずかしくなって目を逸らした。 「片桐先生も、たまに下着女装しているんだって。片桐先生とボクだけの秘密の遊びなんだ。へへへ」 「秘密って、僕にバレちゃったじゃない!」 「そっか。じゃあ、3人だけの秘密!」 まったく、ジュンは。 僕は呆れて、溜息をつく。 「まぁ、いいや。早く体操服に着替えていこう!」 「あれ、めぐむ。それだけ? 可愛くない? この格好?」 ジュンは、頬を少し赤らめて上目遣いに僕を見る。 「……うん、可愛い。とっても」 「ありがとう。めぐむ、ボクのこと好きになってもいいからね……」 「ぷっ。じゃあ、ジュンのファンになろうかな。あはは」 「うん。それじゃあ、ボクのファン一号のめぐむは、ボクの下着を脱がしていいよ……そして、触っていいからね」 まったく、もう! ジュンは、学校にそんなの穿いてくるから、エッチな気分になっちゃうんだよ! 僕は、ジュンのペースにならないように冷ややかに言った。 「はい、はい。冗談いってないで、ほんとに行くからね!」 「あーん。まってよー!」 でも、僕はそんなやり取りをしながらも、心の中ではガッツポーズをしていた。 片桐先生は、ちゃんとジュンに言ったんだ。 ジュンの嬉しそうな笑顔。 よかった。本当によかった。 それにしても……。 これは一歩踏み出したどころでは無いな。 学校で下着女装をするって……。 想像の遥か上を行っている。 片桐先生! やり過ぎです! 僕は、思わず、クスッと笑った。

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