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4-08-1 両親(1)
予備校の講習からの帰り道。
帰ったらすぐに復習をしよう、と僕は家に急いだ。
「ただいま!」
僕が家に入ると、いつもなら、すぐに「お帰り!」の声が聞こえるはずなのに、今日はない。
代わりに、お母さんが玄関に出迎えて、「めぐむ、ちょっとリビングにきて」とそっと言った。
これはなにかあったな。と直感した。
カバンを下ろしリビングに入ると、お父さんと、お母さんは既にテーブルに座っていた。
お父さんは、「お帰り」と無表情に言うと、僕に、椅子に座るように促す。
「ただいま」
僕は椅子にすわる。
どうしたんだろう?
お父さんの怒ったような顔と、お母さんの不安そうな表情。
お父さんが話を切り出す。
「この写真。これ、写っているのはめぐむか?」
お父さんは、伏せていた写真を裏返す。
あっ!
沖縄の水族館での写真。
雅樹と女装した僕が写っている。
雅樹がプリントしてくれたものだ。
どうして、この写真がここにあるんだ?
僕は、ふとお母さんの顔を見る。
「めぐむ、これ玄関に落ちてたのよ」
お母さんは言う。
しまった!
カバンのポケットに入れておいたのが落ちてしまったんだ。
どこにしまっておくか悩んで、そのまましばらくカバンに入れておいたんだ。
さっと血の気が引く。
「この写っている女の子は、めぐむ、お前か?」
もう一度、お父さんは僕に尋ねる。
僕は、ためらう。
嘘を言っても無駄だろう。
「うん」
しばらく沈黙。
「どうして女の格好をしているんだ?」
お父さんが尋ねる。
たまたま、遊びでしていた。
そんなごまかしが通じるだろうか?
この写真を見る限り、そんな風には見えないだろう。
お父さんもお母さんも、おそらく女装をすることを問題にしているのではない。
女装をして、となりにいる男の子と何をしているのか?
どんな関係なのか?
それを知りたいのだ。
汗が出てくる。
僕は、うつむいたまま、そして黙ったまま、返す言葉を探していた。
このまま正直に、雅樹との関係を話したらどうなるか。
きっと、お父さんは激怒して、お母さんは失望するだろう。
それだけじゃない。
雅樹に対してもただじゃすまないだろう。
最悪、今後近づくことも話すことも禁止になり、実質別れることになるやもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。
僕が言葉を窮していると、お母さんが、僕の手に手を重ねていった。
「めぐむ。正直に言いなさい。お母さんは味方になるわ」
お母さんの優しい言葉。
いつも、お母さんは僕の味方だ。
いままで、どんなつらいときも、僕のことを心配してくれる。
お母さんを裏切れない。
僕は決意する。
「僕は、雅樹と付き合っているんだ。その写っている男の子と」
お父さんとお母さんは顔を見合わせた。
もしかしてとは、予想はしていたに違いない。
でも、やはり驚いたようだ。
もう、後戻りはできない。
お父さんは、大きく息をはく。
「友達ではなくて、付き合っているのか?」
「うん」
僕は今度は即答する。
「そうか……」
お父さんは考え込んだ。
僕は、顔を上げ、お父さんとお母さんの顔をみる。
そうだ、ちゃんと言わないと理解してもらえない。
誤解をされていてはいけないんだ。
「僕は、雅樹が大好きなんだ。僕が雅樹に告白をした。それで付き合ってもらえるようになった」
続ける。
「遊びとかじゃないんだ。真剣に付き合っているんだ」
しばらく、沈黙が続いた。
壁掛け時計の針の音がコツコツと響く。
お父さんは、口火を切った。
「お前が、男を好きになってしまったのは、百歩譲って認めたとして、それなら、なぜわざわざ女の姿になる必要があるのか?」
お父さんは、僕が答える間も無く、続ける。
「その、なんだ。めぐむは女になりたいのか?」
やっぱり、誤解をしている。
「違うよ。お父さん。僕は、別に女になりたいわけじゃない。雅樹が好きなだけなんだ」
「じゃあ、どうして……」
お父さんは、僕を問いつめる。
ちゃんと説明しなきゃ。
お父さんの誤解を解かなきゃ。
「ただ、雅樹と付き合うには、男同士はその、外ではそのままというわけにはいかない。だから、女装をしている。それだけ」
お父さんは、
「相手はどうなんだ? 相手は女装したお前が好きで、女の代わりとして、付き合っているんじゃないのか?」
と続けた。
あぁ、やっぱり、そう思われてしまっている。
雅樹は、本気では無くて、僕はいいようにもてあそばれていると。
「ちがうよ、お父さん。雅樹は僕を本当に好きでいてくれる。僕が何かの代わりだなんて、そんなことは決してないんだ」
お父さんは、僕の目を見る。
「どうして、そう言い切れる? めぐむの思い込みじゃないって言い切れるんだ?」
「それは……」
僕は、いい言葉が出て来ず、黙ってしまった。
お母さんが言った。
「めぐむ、お父さんは意地悪で聞いているんじゃないの。お父さんもお母さんも心配しているの。めぐむが泣く姿を見たくないの。分かって……」
お母さんは、話しながら目尻をエプロンの端で抑えた。
つまるところ、お父さんもお母さんも、雅樹との交際に反対なのだ。
男同士で付き合う。
本気のはずがない。
そう思っている。
大方、僕が一方的な憧れで雅樹に懇願し、雅樹は同情して遊び半分で付き合ってくれている。
だから、いいように遊ばれた末、捨てられるのだろうと……。
ああ、どうしたら分かってもらえるのだろう。
僕と雅樹は本気の付き合いだって事を。
「お父さん、僕は雅樹の事が好き出し、同じように雅樹も僕が好きなんだ。信じて、僕を!」
お父さんは、腕組みを外す。
これ以上は平行線を辿る。
そう、思ったのかもしれない。
お父さんは、ある提案をした。
「めぐむ、お前がそこまで言うのなら、その雅樹君を連れてきなさい。直接聞いてみることにする。それができないのなら、別れなさい」
僕は、唇を噛んだ。
別れろの言葉。
一方的過ぎる……。
どうして、僕を信じてくれないんだ。
悔し涙が出てくる。
お母さんは、見兼ねて言った。
「これぐらいにしてあげて。お父さん」
僕は、泣きながら自分の部屋に入った。
こんな日が来るなんて。
もっと、もっと、ずっと先。
大人になったら話そう。
自立して自分の力で生きて行けるようになったら、そうしたら、理解してもらえる。
そう思っていた。
今日のお父さんの話し方だと、僕が何を言おうと考えは変わらないだろう。
やはり、雅樹から直接伝えてもらうより方法はない。
でも、雅樹は来てくれるだろうか?
来てくれたとして、お父さんを説得できるだろうか。
時計を見る。
雅樹はもう、予備校から帰っているころだ。
雅樹に、相談しよかどうか迷う。
でも、雅樹に隠しておいてはだめだ。
そう僕は誓ったはず。
僕は雅樹に連絡を入れながら、どうか僕たちを守って。
そう誰にともなく祈っていた。
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