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4-08-2 両親(2)
雅樹からの返信はすぐにきた。
僕は電話を掛ける。
「ごめんなさい、こんなことになっちゃって……」
雅樹は答える。
「いまから行くよ。駅でまってて。それじゃあ」
ごめんなさい。
涙が落ちる。
僕が不用意に写真を落としたせいで、雅樹にまで迷惑をかけることになってしまった。
僕は、サッと着替えて家を出る。
駅まで道すがら、お父さんとの会話を思い出していた。
雅樹を連れていってどうなるのだろう?
お父さんは、雅樹を責めたいだけなのかもしれない。
うちの子に何て事を! と。
面と向かって、僕達を合わせないように、釘をさす。
だめだ。
悪いほうにばかり考えてしまう……。
最寄り駅の美映留南駅に着いた。
何本かの電車を見送った後、雅樹の姿を見つけた。
雅樹は、手を挙げて向かってくる。
僕は、走り寄って、頭を下げた。
「ごめんなさい。僕のせいでこんなことになっちゃって……」
「頭をあげろよ、めぐむ」
「だって……」
僕は、涙で目を赤くしている。
「実のところ、こんな日がいつか来ると思ってた。だから覚悟はできているつもり」
雅樹は、そう言うと僕の頭を優しく撫でた。
「心配いらないよ、めぐむ」
あぁ、雅樹はこんな状況でも僕に気を遣ってくれる。
ありがとう、そして、ごめんなさい。
雅樹は星空を見上げて言った。
「さぁ、いこうか」
僕と雅樹は、連れ立って歩き出した。
家に着いた。
お母さんは、玄関先で待っていた。
「こんばんは。高坂です」
「初めまして。めぐむの母です。さぁ、上がってください」
僕は、雅樹が靴を脱ぐのを見ていた。
今なら、まだ引き返せる。
そうだ、別れたフリをして、影で会えばいいんじゃないか?
そうすれば、雅樹に嫌な思いをさせずに済む。
「大丈夫だって、めぐむ。そんな、不安そうな顔をするなって」
雅樹は、僕の耳元でそう囁いた。
僕の思いなんて見透かされている。
どうか、僕と雅樹を守ってください。
神様……。
僕と雅樹はリビングに入った。
お父さんは、テーブルに座っていた。
雅樹が挨拶をした。
「高坂 雅樹です。初めまして、お父さん」
「初めまして、高坂君。めぐむの父です。さぁ、どうぞ」
お父さんは、雅樹を向かいの椅子に座らせた。
父が話を切り出す。
「雅樹君。夜分に申し訳ないね。わざわざ来てもらって」
「いいえ」
「めぐむから、話は聞かせてもらった。めぐむがお付き合いさせてもらっているそうだね」
「はい。めぐむ君とお付き合いさせていただいています」
雅樹は、はっきりと答えた。
僕は、横に座ってやり取りを黙って聞いている。
雅樹の手を握って力づけたい。
でも、それが出来ないもどかしさ。
少しの間、沈黙。
嵐の前の静けさ。
いよいよ、本題に移る。
僕も雅樹もそれが分かった。
お父さんは言った。
「高坂君、君は本気で、めぐむのことが好きなのか?」
雅樹は、「はい」とまっすぐお父さんの目を見て答えた。
「じゃあ、なぜ好きなのか、答えられるかな?」
「なぜ? ですか……」
雅樹は視線を泳がす。
なぜ?
雅樹は、そう言って言葉をつまらせる。
優しいとか、誠実とか、可愛い、とかそんな形容詞が出てくる。
そう思って、雅樹の顔を伺う。
でも、雅樹は難しい表情を浮かべている。
別のことを考えているらしい。
お父さんは、真剣に考える雅樹を粘り強く黙って待っている。
しばらくして、考えがまとまったようだ。
雅樹は、座り直して身を正す。
そして、言葉を綴る。
「めぐむ君は、僕が僕らしく生きていくのに必要な人です。だから、僕はめぐむ君のことが好き。なのだと思います」
雅樹は、言い切った。
僕は、雅樹の言葉に胸を打たれた。
ああ、雅樹らしい……。
僕の容姿や態度がどうと言うのではない。
言葉に表せない何か、なんだ。
自分の存在を支えるもの。
だから、一番大事なんだ。
そんな雅樹の思いを、いつも感じている。
でも、雅樹は、それがうまく伝わったのか、不安そうにお父さんお母さんを見つめ、反応を伺った。
お父さんは、目をつぶって、雅樹の思いを理解しようとしているようだ。
「自分らしく生きていくのに必要……か」
お父さんは、そうつぶやくと、「そうか。分かった」と言った。
そして、言葉を続ける。
「簡単な言葉だけど、うわべだけでない高坂君の素直な気持ちが出ている」
雅樹と僕は顔を見合わせ、微笑みあう。
お母さんもホッとしている。
よかった……。
まずは、本気で付き合っている、ということは理解してもらえた。
これで、お父さんが言っていた、別れなさい、という最悪のケースは免れたはず……。
僕が安堵の気持ちでいっぱいになっていると、お父さんの声が耳に入った。
「雅樹君。聞いてほしい」
お父さんは真剣な表情で雅樹を見つめる。
そして、深々と頭を下げた。
「めぐむのことをよろしく頼む」
僕は、驚いた。
雅樹も驚いている。
お父さんは続ける。
「めぐむは、小さいころから、体が弱く、内気で友達も少ない。いじめられてたこともある」
僕は、お父さんの告白に、膝に置いた自分の手をぎゅっと握る。
お父さんは何を言い出すんだろう?
僕は、不安な気持ちでお父さんを見つめる。
「そんな風に生んでしまった事、そんな風にしか育ててあげられなかった事。それは、親のせいだ」
お父さんは、声がすこし震えている。
涙を堪えているんだ。
お母さんは、目じりに溜まった涙をぬぐっている。
「めぐむが高校に入って、徐々に元気になり、そして明るく笑顔を見せるようになった。あんなに楽しそうなめぐむは、今まで見たことなかった……」
お父さんは、雅樹をじっと見据えた。
「それは、高坂君。君のおかげなんじゃないのか?」
ああ、何て事だ……。
お父さん、お母さんはそんな風に僕を見ていたのか。
涙が溢れる。
お父さんは、言葉を続ける。
「めぐむは、君のことを本気で好きだ、と言った。初めて、そんな強い意思表示をした」
僕は、涙を拭う。
「だから、そんなめぐむを悲しませたくない!」
お父さんは、再び雅樹に頭をさげる。
「改めて、めぐむの事をどうかよろしく頼む、雅樹君」
「はい!」
雅樹は、力強く答えた。
雅樹も目を赤くしている。
いつの間にか、お母さんは僕の傍らに立って、肩に手を置いていた。
「よかったわね。めぐむ……」
僕は立ち上がり、お母さんに抱き着いた。
そして、声を出して泣いた。
その後、お母さんの計らいで、雅樹は僕の部屋へ上がってもらうこととなった。
「へぇ。ここがめぐむの部屋か?」
雅樹は、僕の部屋をキョロキョロと見回す。
「あまりジロジロ見ないでよ。恥ずかしいから」
「本が多いな。さすが、めぐむ」
「まぁね。他には何も無いけど……」
僕の部屋は、机にベッド、それに本棚。
雅樹の部屋のように面白そうなものは特にない。
僕は、ジュースを乗せたトレーをテーブルに置いた。
「でも、不思議。僕の部屋に雅樹がいるなんて……」
「そうか?」
「だって、この部屋に友達が入ったの初めてだもん」
僕は、雅樹にベットに座るように促す。
僕もその横に座る。そして、頭を下げた。
「雅樹、本当にごめんね。今日は」
「謝ることなんかないよ、めぐむ。いずれは話す事なんだ。それが、早いか遅いかの違いだけだろ?」
「でも……」
「俺はジーンときたよ。めぐむのお父さんの言葉。めぐむのこと任せられたのには、正直くるものがあったよ」
「僕もお父さんがあんな風に僕の事を思っていたなんて、考えてもみなかった」
「いいご両親じゃないか?」
「うん。今日は特別、だったかな……」
雅樹は、ジュースを一飲みしてテーブルに置く。
「まぁ、これで親御さん公認になったわけだし、結果オーライだろ?」
「うん、そうだよね。もう、コソコソしなくていいよね」
「ああ、安心してめぐむを抱けるな!」
雅樹はにやっとする。
いつもの雅樹に戻っている。
「もう!」
僕がそう言うとすぐに、僕の唇は雅樹に唇を塞がれてしまった。
本当に、ありがとう、雅樹……。
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