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4-09-1 ジュンとデート(1)
ここは、美映留市から少し離れたところにある、海沿いの観光地。
テーマパークやショッピングモール、ホテル、公園などが集まっている。
僕は、その最寄駅の改札口にいる。
ここが今日の待ち合わせ場所なのだ。
「いないな。本当にここでよかったのかな……」
何度か、時計を見る。
もう時間は過ぎている。
「めぐむ!」
僕は、名前を呼ばれて振り向く。
「えっ?」
おかしい。誰だろう。
「めぐむ! こっち、こっち」
僕は、声のする方を見る。
女の子が僕を手招きしている。
人違い? かと思ったけどよく見てみる。
「えっ? もしかしてジュン?」
女の子は笑いながら頷いた。
「ジュン、すごいよ! ぜんぜん分からなかった!」
僕は、ジュンの全身を眺めた。
清潔感のある、お嬢様風のファッション。
白のフリル襟がついたチェックのワンピース。
リボンが可愛いし、ベレー帽がピッタリとあっている。
メイクもちゃんとしている。
リップは、自然なピンクでいつもより顔色が明るく見える。
ジュンは照れながら言った。
「どうかな? ボクの女装」
「可愛い。とっても可愛い!」
僕は手を叩いて言った。
「よかった……」
ジュンは、嬉しそうに頬を赤く染める。
すごい。
ジュンが、こんなに可愛くなるなんて……。
思わず抱き着きたくなっちゃう。
数日前のこと。
いつものように、お昼をジュンと食べていた。
ジュンが、あぁ、と思い出したように言った。
「ねぇ、めぐむ。今度の日曜空いている?」
「うん、たぶん空いていると思うけど」
今度の日曜は、雅樹は予備校の講習でデートの予定はない。
「じゃあ、デートしない?」
「うん。デートね。いいよ」
僕は、お弁当をしまいながら言った。
最近ジュンと出かけていなかったから丁度いい。
「えっ? デート?」
僕は驚いてジュンの顔を見た。
僕はやっと気づいた。
「そうか、『デート』って言っていたのはこういう意味?」
「そうそう。男女でお出かけなら、これはもうデートでしょ」
「確かにそうだね」
「というわけだから、今日はちゃんとデートっぽいところへ行こう!」
僕は、ジュンに手を差し出す。
「分かった。じゃ、行こうか。ジュンちゃん」
「よろしくね。めぐむさん。ちゃんとエスコートしてね」
僕とジュンは、ぷっと噴き出す。
そして、僕はジュンの手をとり、観光エリアへ歩きだした。
港が一望できる高層タワーの最上階の展望フロア。
僕達は、まずデートでは定番のここに来た。
「すっごい! よく見えるね」
僕は、目を細めて遠くを見つめる。
美映留市も見えそうだ。
ジュンが眼下を見下ろし言う。
「ねぇ、あそこの観覧車、後で行ってみようよ」
「いいよ」
この観光エリアの中心部には、大きなデジタル時計が付いた観覧車がある。
観覧車なんていつ以来だろう。楽しみだ。
「ところで、ジュンが女装を始めたのって、いつからなの? 」
僕の後押しで、ジュンと片桐先生の関係は一歩進んだ。
その結果、ジュンは遊びと言いながらも、女性の下着を身につける様になった。
でも、それが、一気にこんな本格的な女装をする様になるなんて……。
すごい進展だ。
「女装始めたの? 本当につい最近」
「へぇ、そうなんだ。ジュンはもともと可愛いから、その格好だと、もう女の子にしか見えないね」
「ありがとう」
ジュンの照れた表情がまたいちだんと可愛い。
口には出して言わないけど、きっと片桐先生の好みなのだろう。
以前のジュンだったら、「女の子っていうな!」って怒っていたに違いない。
ジュンが女装するなんて、まず考えられなかった。
だから、片桐先生と付き合いだして変わったんだと思う。
それにしても……。
片桐先生とは、お互い女装して、愛し合うのだろうか?
やばい。
ものすごい想像をして、頭に浮かんだエッチ妄想を振り払う。
「ねえ、めぐむ」
「えっ? なに?」
突然、声掛けられて、ビクっとする。
「ところで、めぐむの私服って、可愛いよね」
「そう?」
「なんか、中性的っていうか?」
「あぁ、サイズとかないからユニセックスな服をよく買うようにしている」
「そうなんだよね。たしかにサイズ困るよね」
実は理由はそれだけではない。
最近では、女装の時でも着れる服を選ぶようにしている。
以前は、女の子に間違われるのが嫌で意地でもメンズを選んでいた時期もある。
ここ最近は、雅樹の勧めもあって、おとなしめのレディースも選択肢に入れたけど、親にばれるのが怖かったから、やはりメンズを意識的に選んでいた。
でも今は親公認。
気兼ねなく洋服選びができる。嬉しい限りだ。
展望フロアを一通り周り終えた。
僕は、ずっと気になっていたことをジュンに尋ねた。
「ところで、なんで僕をデートに誘ったの? 理由を教えてよ?」
「あぁ、うん。いいじゃん、そんなの。さぁ、次、行こう!」
ジュンは、僕の質問をはぐらかして、どんどん先に歩いていく。
何かおかしい。
まず、ピンとくるのは、片桐先生。
何かあったのかもしれない。
もしかして、喧嘩をしたのかも……。
それで、気晴らしに僕とデート。
これが一番納得いく答え。
あぁ、ちゃんとジュンの口から理由を聞きたい。
僕はそんなことをモヤモヤ考えながら、ジュンの後を追う。
「まってよ、ジュン!」
僕とジュンは、高層タワーを降りて吹き抜けのショッピングモールにやって来た。
いろんなブランドが立ち並ぶ。
僕達は、その前を手を繋ぎながら歩く。
いつも学校で顔を合わせているけど、手を繋ぐことなんて滅多にない。
だから、今日はなんだか気恥ずかしい。
ジュンはショップのショーウインドウに移る姿を見て言った。
「こうやって、手を繋いでいると、カップルに見えるかな?」
「見えると思うよ。ふふふ。なんか、しおらしいね、今日のジュン」
「やっぱりそう思う? 自分でも気持ち悪いなって思ってた。あはは」
僕達は、レディースファッションのショップの前を通りかかる。
ジュンは気になる服が目に入れば、ちょこまかと積極的に店内に足を運ぶ。
僕は、その姿が微笑ましくて、つい可愛いな、と思ってしまう。
雅樹とデートの時は、雅樹から僕はこんな風に見えているんだな、と思ってクスっと笑った。
ジュンは、気に入った服を見つけたようだ。
「めぐむ、こんなフリルが付いた服、ボクに似合うかな?」
「うん。いいんじゃない? こっちのはどう? ジュンはガーリーもいいけどロリータあたりも似合うと思う」
「へぇ、ロリータね。めぐむってさ、結構詳しいよね。レディースファッション」
ドキ!?
やばい……。
つい、ジュンが可愛いから、おせっかいを焼いてしまった。
「そ、そんなことないよ。普通だよ。ささ、それ試着してみたら!」
僕はジュンの背中を押しながら言った。
次に立ち寄ったのは、ファンシーショップ。
輸入品を多く扱うお店で、めずらしいものが多く並んでいる。
売っているものは、ハロウィンが近いというのもあるんだけど、骸骨とか、お化けとかのグッズが多い。
店内のレイアウトも、ごちゃごちゃしていて、不気味感を演出している。
「この店、ボク大好きなんだ!」
ジュンの声が、イキイキとしている。
なるほど、オカルトっぽい雰囲気。
ジュンが好きそうだ。
「めぐむ、こっちへ来て!」
僕は、狭い通路を縫ってジュンのところにやってきた。
目の前の棚には、キーホルダーがついた縫いぐるみが置かれている。
バリエーションが結構あって、動物キャラクターとハロウィンのコラボのようだ。
「可愛いね。このキーホルダー」
僕は、その中の一つを手に取り言った。
「ねぇ、めぐむ。この中だったらどれが好き?」
「えっ? 僕だったら、これかな」
熊のキャラクターとジャコランタンの組み合わせ。
「へぇ、めぐむって意外と乙女チックな好みなんだね」
「そっかな。そう言われると、恥ずかしいな」
「ううん。いいって、ボクも嫌いじゃないし。よし、これ買おうかな」
ジュンは、キーホルダーを手にレジへ向かった。
僕は、ジュンを見送っているとき、自分が笑みを浮かべているのに気が付いた。
そうか。
僕はジュンとのデートが楽しいんだ。
だから、こんなに頬が緩んでいる。
うふふ。
それなら、よし!
今日は、一日、思いっきり楽しむぞ!
僕はそう思って、ジュンの背中を追って行った。
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