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4-09-2 ジュンとデート(2)
僕達は、カフェに入った。
オープンテラスの席でくつろぐ。
ジュンは、靴を脱ぎながら言った。
「結構、歩いたね。足が疲れたよ。デートだっていうのに、ボクの買い物がメインになっちゃたね」
「平気、平気。気に入ったもの買えたんでしょ? よかったじゃん」
「まぁね」
ジュンは、戦利品のブランドの手提げ袋を嬉しそうにポンっと叩いた。
僕は、炭酸レモン水をチューっと吸った。
ジュンも、オレンジジュースを飲んでいる。
ホッと一息つく。
ジュンは、おもむろに言った。
「それで、めぐむは、例の好きな人とはどうなっているの?」
「どうって?」
「ほら、メールとか手紙とかは?」
「ううん。まだ、片思い」
「そっか。めぐむって、普段は強引に突き進むタイプだと思うんだけど、恋に関しては奥手だよね。あはは」
「そうかも。って、僕って、そんなに普段強引?」
「うんうん。猪突猛進っていうか」
「でも、あたってるかも。ふふふ」
僕は、笑いながら思った。
そっか。
ジュンはさりげなく、僕のことを心配してくれているんだ。
ありがとう、ジュン。
でも、本当のこと言えないで、ごめんね。
僕とジュンがそんな話をしていると、目の前に、大学生ぐらいの二人組の男が現れた。
「君たち可愛いねぇ。今暇している? 一緒にお話しでもどう?」
馴れ馴れしい。
ジュンが戸惑いの目で僕を見る。
僕はジュンの耳元でささやく。
「ジュン、ナンパだよ」
「めぐむも、女の子だと思われているよ。クスっ」
「笑っている場合じゃないって……」
まったく、他人事みたいに。ジュンは。
僕はナンパ男に言った。
「すみません、暇じゃないんですけど」
ナンパ男も簡単には引き下がらない。
「いいじゃない? ちょっとぐらい。そっちの彼女はどうかな?」
ジュンの方を見て言う。
ジュンは何を思ったのか、にっこりして言った。
「じゃあ、ケーキセット奢ってくれたらいいですよ」
「オッケー、じゃあ、買ってくるから待っていてよ」
もう、ジュンは、全く危機感がないんだから。
そんな、ふてぶてしい要求をして。
見返りを求められたらどうするの!
きっと、いやらしいことだよ。
僕はナンパ男がレジに向かっている間に、ジュンの腕を取る。
「さぁ、逃げるよ。ジュン!」
「えっ? ケーキは?」
「何言っているの! 早くいくよ!」
ジュンは、本気で奢ってもらおうとしていたようだ。
まったく、いい度胸しているよな。ジュンは……。
「うん、分かったよ……」
ジュンは、まずいことをしたかな? とようやく気が付いたようだ。
ごめん、という表情をした。
僕とジュンが急いで店を出ると、後ろからナンパ男の声が聞こえる。
「おい、お前ら! 待て!」
怖い声。
捕まる訳にはいかない。
ジュンは後ろを振り返る。
「追ってきたよ、めぐむ」
「ジュン、走って! こっち」
僕はジュンの手を引っ張り、地下へ続くエスカレータを駆け下りた。
どうやら、無事にナンパ男を撒けたようだ。
僕とジュンは肩で息をする。
「はぁ、はぁ、ここまでくれば大丈夫だよね……」
「うん、はぁ、はぁ……」
僕は、ホッしたら、急におかしくなって笑い出す。
「あははは。怖かったよね。もう、ジュンは危なっかしいな」
「怖かったね。でも、楽しかった。あははは」
ジュンも笑い出す。
「ところで、ここはどこだろう?」
僕は、案内マップの前に立った。
えっと、ここは?
ちょうど、テーマパークの近くの地下らしい。
僕は、今日の展望フロアでジュンが言った言葉を思い出した。
そして、ジュンに提案する。
「ねぇ、ジュン。このまま観覧車に乗らない?」
「うん。乗ろう! 乗ろう!」
僕とジュンは、観覧車に乗り込んだ。
観覧車はゆっくり回る。
ここは、二人っきりだ。
気兼ねがない。
僕は切り出した。
「ジュン、片桐先生と喧嘩でもしたの?」
「えっ? どうして?」
「だって、今日どうして僕とデートしたのかなって」
「うん。それはね……」
ジュンはようやく、今日、僕とデートした理由を話してくれる。
そう思ったけど、全然別の事を言った。
「そうだ、めぐむ。キスしない?」
「えっ、どうして? いきなり?」
「いいじゃない。前にボクとキスしたことあるし」
「それは、そうだけど……」
あれは、去年のこと。
ジュンの勘違いで、こともあろうか教室でキスをしたのだ。
ジュンは目を閉じて、口を尖らせて僕へ突き出す。
んー……。
しようがないな。
僕は、ジュンの唇にそっと自分の唇を重ねる。
チュッ。
僕がゆっくり唇を離すと、ジュンは目を開けた。
可愛い笑顔。
ジュンは、僕と目が合うと、いきなり抱き着いてきた。
僕は、ジュンの頭をポンっと軽く撫でてあげる。
そして、尋ねた。
「どうしたの? やっぱり、片桐先生と何かあったんでしょ?」
「違うよ。片桐先生とはうまくいっている」
「じゃあ、どうして?」
「それは……」
沈黙。
観覧車はちょうど半周回って、頂点まで来ていた。
いつの間にか、もう夕暮れ時。
東の空には、一番星がきらめいている。
ジュンが、沈黙を破って言った。
「だって、もうすぐめぐむの誕生日でしょ」
「えっ?」
僕は、ジュンが何を言い出したのか直ぐには理解できない。
「めぐむ、高校時代の最後の誕生日、もう終わっちゃうよ!」
ジュンは、真剣な目で僕に訴えかける。
「ボクじゃ、ぜんぜん、だめかもだけど。高校生の誕生日デートの思い出づくり。ボクが出来るのこれぐらいだし……だから、今日……」
ジュンは、少し涙声になっている。
僕は、ジュンに言った。
「えっ、もしかして、僕のために?」
ジュンは、コクリと頷く。
「わざわざ、女装してきたのも?」
コクリ。
僕は、じわっと、涙が出てきた。
なんだよ。
全部、僕のためだったの?
僕が、一人身だって心配して。
同情して……。
あぁ、なんて友達思いなんだ。ジュンは。
涙が溢れそう。でも、僕は我慢する。
ジュンも、目を潤まして今にも泣きそうだ。
僕はジュンの両手を握った。
そして、声を上げた。
「ジュン、ありがとう。とっても嬉しいよ、僕!」
ジュンは、うん、と頷く。
そして、ジュンは、バッグから先ほどファンシーショップで買った熊の縫いぐるみのキーホルダーを僕に手渡した。
「はい、めぐむ! 誕生日、プレゼント!」
「えっ? これって、さっき買ったやつ?」
「うん……」
駄目だ……。
もう、我慢できない。
涙が溢れ、ジュンの顔がにじむ。
ジュン、僕の親友。
そして、大好きなジュン。
僕は、恥も外聞もすて、うわぁんと声を出して、そしてジュンに抱き着いた。
ジュンもつられて、泣き出した。
二人、抱き合ったまま、泣いた。
観覧車が一周するまで、僕達は泣き続けた……。
そして、観覧車を降りるころには、なんとか落ち着きを取り戻した。
僕とジュンは手を繋ぎ、すっかり暗くなった夜道を歩く。
しばらくして、やっと、二人のしゃっくりが止まった。
僕は言った。
「ジュン、ありがとう。本当にありがとう!」
「ううん……」
ジュンは、うつむきながら首を振った。
そんなの当たり前だよ。そんな声が聞こえてきそうだ。
ジュンは顔を上げる。
そして、真っすぐに僕の目を見る。
「めぐむ、誕生日おめでとう!」
そう言ったジュンの笑顔は、僕には眩し過ぎる。
僕は、精一杯の微笑み返しながら言った。
「ありがとう、ジュン。ねぇ、もう一回ここで、キスしようよ!」
「うん、いいよ!」
僕は、人目も気にせず、ジュンの唇に唇を重ねた。
僕の掛け替えのない親友……ジュン。
君が僕の前に現れたこと自体が、僕にとって最高のプレゼントだから……。
そう、心の中で呟いた。
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