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4-10-1 温泉宿へ(1)
僕は、家のお風呂で体を洗いながらつぶやいた。
「うふふ、楽しみだな。温泉」
やっと、模試が終わった。
結果が出るのは12月。
手応えは、まぁまぁ。
ちょっと息抜きをしたいなぁ、と思っていた矢先、アキさんからサプライズがあった。
数日前のこと。
アキさんが言った。
「ねぇ、めぐむ。この間、手伝ってくれたじゃない? お店。お礼にこれ受けとってほしいんだけど」
「なんですか? アキさん」
僕は、パンフレットとペアチケットを受け取る。
「あっ、これ温泉ですか?」
「そう、日帰りだけど、露天風呂付きのお部屋で一日中のんびりできるよ」
「わぁ、行きたい! でも、もらっていいんですか?」
「いいの、いいの。実は貰い物だから」
「やった! じゃあ遠慮なくいただきます」
「最近、勉強ばっかで、肩が凝り気味だもんね」
僕は、湯船に浸かりながら肩を回し首をひねる。
ゴリゴリと音がなったような気がした。
僕は膝を抱えて、湯舟にブクブクさせる。
「久しぶりだな。エッチするの……」
はっ……。
僕は恥ずかしくなって首を振る。
べっ、べつにエッチしに行くわけじゃないんだ。
勉強疲れを取りにいくんだから。うん。
全然やましくない。
ふと自分の二の腕をみる。
「あれ、こんなに肉ついていたっけ?」
二の腕をぷにぷにと触る。
「あれ? あれれ?」
こんなに柔らかかったっけ?
もしかして!
僕は慌ててお腹を触る。
腰の横、おへその下。
ほっ。
よし、つまめない。
まだ、太ったわけじゃないんだ。
とはいえ、僕は、お風呂上りに、体重計に乗ってみた。
体重計のデジタル表示は、見たことのない数値まで上がる。
「えっ? どうして、こんなに増えたんだろう」
僕は腕組みをする。
僕の場合、成長期かもしれないな。
うん。きっとそうだ。
だって、お腹は太ってないんだ。問題なし。
僕は、そのことはスッと忘れて、明日のことを考えた。
そうだ!
この間、久しぶりの買い物でつい衝動買いしてしまった黒いレースの下着を身に着けていこう!
クスクス。
雅樹、どんな反応するか楽しみだな。
当日の朝。
特急列車のプラットフォーム。
「よお? めぐむ。早かったな」
「雅樹こそ、早いね。チケット買った?」
「おう、買ったぞ。前の方の車両だ」
「行こう!」
温泉地までは、特急で行く。
指定券を買って楽々の旅。
「なんか、修学旅行の時みたい。あの時は新幹線だったけど」
「そうだな。確かに。でも、今日はカップルだもんな」
「うん」
僕は、雅樹の手をぎゅっと握る。
雅樹も握り返してくれる。
雅樹は、僕の顔を横目で見て言った。
「今日は、あまり化粧濃くないんだな」
そうなんだ。
今日はどうせ遠出をするから、変装の必要はない。
だから、ウィッグは付けず、最近伸びてきた髪にヘアクリップを付けて、薄化粧。
どうせ温泉に入るんだ。
面倒がなくていい。
ということで、たしかに、雅樹のいう通り『今日は』化粧は濃くはないのだけれど……。
ちぇっ。
なんだか、その雅樹の意地悪そうな表情が気に食わない。
「雅樹! 今日は、ってどういう意味? それっていつも濃いみたいじゃん」
「ちっ、ちがうって。ほら、変装も兼ねてるだろ。だからさ、濃くて当たり前って話」
「あれ? もしかして意地悪でいったんじゃないの?」
「そんなこと言わないよ」
「ごめん、雅樹のことだから意地悪で言ったのかと思った」
「ははは。それって、そもそも女の子が怒ることだろ。めぐむは男だから、濃くて怒ることないじゃん」
「あっ、そっか。ふふふ」
雅樹は優しい口調になる。
「めぐむって、最近は本当に男とか女とか、あまり気にしなくなったんだな」
「僕のコンプレックスのこと?」
「そう。こうやってめぐむが女装していると、たまに、本当は女の子じゃないかって錯覚するときがあるよ」
「そっか、僕も自分が男とか、女とか、あまり意識しなくなったよ。なんか、いつでも自然体でいられるって感じ」
「いいことじゃないか。めぐむ」
なんかそう言われると、すこしむず痒い。
僕は思わず、照れ隠しに言う。
「うん。僕の魅力は中性的なところだから!」
沈黙。
あれ?
雅樹は黙ったまま。
僕が雅樹の顔をみると、困惑した表情をしている。
「めぐむ、それってツッコむところ?」
「そう! 恥ずかしいな。早くツッコミいれてよ! もう」
「ははは。微妙に当たっているから、ツッコミずらいよ」
雅樹はサラっとそう言うと、「よし電車に乗り込むぞ」と僕の手を引いた。
温泉地に着くと、タクシーに乗って宿に向かった。
宿は、最近改装したらしく、新築のように綺麗。
今時風のお洒落な和風旅館だ。
これで、一部屋づつ露天風呂が付いている。
なんて、贅沢なんだ。
今日は日帰りとは言え、昼食付きで、部屋をずっと使える。
チケットで来たからいいものの、自分で予約とってくるんだったら大変な金額だろう。
「いこう、めぐむ。すごいところだね」
「うん。ワクワクする!」
午前中だけあって、フロントは前日の泊まり客のチェックアウトで混雑していた。
僕達は、列に並んで順番を待つ。
すこし待って、順番が回ってきた。
予約は、雅樹に頼んで事前に済ませている。
だからフロントでは、名前を記帳するだけだ。
雅樹はペンをとり、用紙にササッと名前を入れている。
僕は横からこっそりを見た。
高坂 雅樹
高坂 恵
たかさか めぐむ……。
はっ!
僕は、驚いて雅樹の顔を見る。
澄ました顔で、フロント係の人の話を聞いている。
頭がぐるぐる回る。
これって、これって……。
僕達、夫婦ってこと?
顔が熱くなってくるのが分かる。
だめ……いや、だめではない。
でも、こういうのは事前に相談してくれないと困る。
心の準備があるんだから!
案内の中居さんに続いて部屋に向かう。
僕は、雅樹の服の裾をつかみながら後に続いた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
中居さんは、お辞儀をして退出していった。
僕達は玄関口でそれを見届ける。
早速、僕は雅樹に言った。
「雅樹! 夫婦の設定なら先にいってよね!」
「えっ? 夫婦って?」
「ほら、宿帳の、名前のところで……ゴニョゴニョ」
「あぁ、あれね。高坂 恵ね」
「そう! 僕だって、その、心の準備があるんだからね!」
雅樹の苗字のところを想像して、なんだか、かぁっと恥ずかしくなる。
「奥さんの振りとかしないとだし……」
僕は、恥ずかしけど、嬉しいし、でも、怒ったようにむくれていると、雅樹が笑い出した。
「ははは。夫婦じゃなくて、妹って設定だけど」
「妹!?」
「だって、年齢のところ見た? 一応、中学生にしておいた。じゃないと、変に疑われるだろ?」
えっ?
僕は、あっけに取られる。
そして、徐々に恥ずかしさで爆発する。
「もう! 雅樹なんて知らない!」
「ごめんよ。だって、仕方ないだろ」
「そりゃ、僕が幼く見えるのは仕方ないけど。もう、前もって相談してよ! はずかしいな!」
顔から火を噴きそう。
僕はうちわで顔を扇ぐ仕草をする。
「ははは。じゃあさ、めぐむ。幼な妻って設定にしよっか?」
「幼な妻?」
「どうだ?」
「えっ。それなら……いいけど。うん」
雅樹は、部屋の玄関から帰ってきたようなリアクションをする。
「おい、お前、今帰ったぞ!」
「はい、あなた。お食事にする? お風呂? それともあたし?」
二人顔を見合わせる。
ぷっ。
二人同時に噴き出す。
「あはは。可笑しい!」
「うん。楽しい。あはは」
「まぁ、さしあたり、お風呂ってとこかな。さっそく入ろうよ、めぐむ」
「うん、そうね。あ、な、た。ふふふ」
僕と雅樹は、手を繋いだまま、荷物を部屋の中へと運び込んだ。
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