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4-11-1 美映留三校祭(1)

10月半ば。 ある日の放課後。 僕に呼び出しがかかった。 場所は保健室。山城先生からだ。 なんだろう? 今日は、例の練習の約束はしてなかったはずだしな……。 僕は、そんな事を考えながら保健室の扉を開けた。 ガラガラ。 「失礼します。青山です」 「おー。わるいな、青山……」 先生は、書類整理の途中だったようだ。 ちょっと、待っててくれ、と僕に丸椅子をすすめる。 僕は、椅子に座りながら山城先生に問いかけた。 「山城先生。もしかして……」 「ん? なんだ?」 「僕のフェラの味、忘れられなくなったの?」 「バカ! 生意気言うなよ。俺は、いつもアキのな……いや、そんなことはどうでもいいんだ」 山城先生は少しうろたえ気味。 クスクス。 なんか焦っている。おかしい……。 山城先生は、横目で僕をにらむ。 「まったく、先生をからかうなよ……」 「ごめんなさい。ふふふ」 先生が書類をパタンと閉じたところで、僕は改めて質問をした。 「ところで、僕は何で呼び出されたんですか?」 「うむ。とりあえず、お茶でも飲むか?」 「はい!」 山城先生は席を立つと、電気ポットのところへお湯を汲みに向かった。 先生の出してくれるお茶は、とても美味しくて、気持ちが落ち着く。 僕が保健室に来た時の楽しみの一つでもあるのだ。 「ほら。熱いから気をつけろよ」 「はい! ありがとうございます!」 僕は、湯飲み受け取ると、ふーふーと息を吹きかけた。 うーん。 お茶のいい香り。 ずずっと飲む。 美味しい。 「ちょっと、話が長くなるぞ」 「はい。どうぞ」 お茶菓子は今日はないのかな? 僕は奥の棚に目をやる。 先生は話し出す。 「今年は、美映留市政の区切りってことは知っているな?」 「あぁ、何十年とかのですよね。市役所に垂れ幕がかかっていました」 「うん、それでだ。記念して、今年は美映留市の高校でな。合同で文化祭の話がある」 「へぇ。そうなんですか」 ずずず。お茶が美味しい。気持ちがホッとする……。 「ちなみに、美映留市内の高校は知っているか?」 「えっと。うちと、美映留女子と、美映留学園の3校ですね」 「そうだ」 先生もお茶をずずっと飲んだ。 「先生、質問いいですか?」 「おお、なんだ?」 「お茶菓子はないんですか?」 「ちょっ、お前な。保健室でくつろぎ過ぎだぞ。まぁ、ちょっとまってろ」 「えへへ。なんか、ここ落ち着くんですよ」 「まったく……」 山城先生はそう言いながらも、お煎餅を出してくれた。 「じゃ、煎餅でも食べながら聞いてくれよ」 「はい」 バリバリ、むしゃむしゃ。 「それでな。各校の文化祭実行委員が集まって協議して、何をやるのか決めたりするわけだ」 「へぇ。大変そうですね」 ずずず。バリバリ。 「今年のうちの実行委員長って誰か知っているか?」 「委員長ですか。うーん。誰でしたっけ?」 文化祭実行委員は、文化部と委員会から、代表して1名ずつ出す決まりになっている。 その中から、実行委員長を決めるのだ。 今の今まですっかり忘れていたけど、僕は、図書委員から選出された実行委員の一人。 それで、夏休み前に、集会があって、その場で委員長を決めたのは覚えている。 でも、「ああ、僕が選ばれなくてよかった……」と、思ったきり、誰が? までは記憶の彼方。 山城先生は、やっぱり忘れているな、とため息をついた。 「今年の実行委員長は、美術部の黒川 響子」 「あぁ……」 言われれば、そうだったかも。 ちょっと思い出した。 確か、黒川さんが進んで立候補したんだっけ。 山城先生は話を続ける。 「で、さっきの3校の会合な。黒川が行くことになっていたわけだ」 「え? なっていた?」 「うむ。ちょっと風邪をひいてしまってな。いま、学校を休んでいる」 「それは、お気の毒に……」 お茶がなくなったので、僕は自分でポットにお湯を汲みに行くことにした。 お煎餅が美味しくて、つい飲み過ぎてしまった。 「それでだ」 「はい」 「青山、代わりに行ってきてくれ」 「はい」 コポコポコポ。 ポットのお湯が無くなりそう。 お水を追加しておいたほうがよさそう。 あれ? 山城先生は今なんて? ん? 僕が? えっ? えーっ! やっと理解が追いつき、危なく湯飲みを落としそうになった。 「あっちぃ! 先生、いま何て言いました!?」 僕は、腕組みをして山城先生を見据える。 そんな大役は絶対に引き受けたくない。 「山城先生、確かに僕は実行委員ですけど、もっと適任がいるんじゃないですか?」 「うむ。それがな、いないんだ」 「どうしてですか?」 山城先生は、困った表情を浮かべた。 「今年の実行委員って、女子は黒川だけなんだよ」 「へぇ、そうなんですね」 「それでな、ほら、他校との会合だろ? 女子同士で集まることになっているわけなんだよ」 「どうして? あぁ、美映留女子があるからですか?」 山城先生は頷く。 「そのとおり。やっぱり、男子が行くと、威圧感がでて公平な協議ができないだろ?」 「うん。確かに。でも、僕だって男ですよ」 「それ! それな。だから、頼む!」 そう言うと、山城先生はお願いの手つきをした。 はぁ……。 山城先生が言わんとしていることが見えてきた。 「それって、僕が女装していくってことですか?」 「さすが、察しがいいな。青山」 「僕、嫌ですよ。それに、ばれたらどうするんですか?」 山城先生は、笑う。 「あぁ、全然心配していない。平気、平気」 「バレないとしても、僕は会合で意見とか言えないですよ」 「うん。いればいいよ。あとは、うんうん言ってさ、賛成してくれば」 「なんか、適当ですね……」 「しょうがないだろ。欠席はさすがにまずい」 「でも、委員長の黒川さんは納得いかないんじゃないですか?」 「実はな、黒川には相談済みだ。黒川も代理は青山がいいんじゃないかと言っていた。青山のことよく知っているみたいだったけど、仲いいのか? 黒川と?」 「そんなことはないですけど……」 黒川さんと面と向かって話したのは、あのモデルをやった時ぐらい。 もしかしたら、翔馬から聞いているのかな。 でも、さすがに黒川さんには女装はバレていないはずなんだけど……。 もしかして女の感? 怖くてぶるっとする。 「というわけだ。それとな、女子の制服は用意してある」 山城先生は、すがるような目で僕を見る。 本当に嫌だけど、他でもない山城先生の頼み。 それに、僕にしかできない事っていうのも良くわかる。 僕は、はぁ、とため息を一つついて言った。 「まぁ、山城先生にはいつもお世話になっているし……」 「うんうん。青山、恩に着るよ」 「じゃあ、先生こうしましょう。先生のしゃぶらせてください。そしたら、行きます!」 「しゃぶらせて? あぁ、フェラねぇ……」 山城先生は、まぁ、それぐらいなら、と首を縦に振った。 よし! 交換条件成立。 僕はさっそく、先生のズボンを脱がしにかかる。 「おっと、ちょっと待て。今はだめだ。行って来たらな」 なるほど。 成功報酬ってことかぁ。まぁ、いいでしょう。 僕はニコっとして、右手をさしだす。 「交渉成立ですね! 先生」 「よろしく頼む! 青山」 がっちりと手を握った。 「で、いつなんですか?」 「あぁ、これからだ。すぐに立つぞ」 「えっ!」 僕は驚いて思わず叫んだ。 会合の場所は、3校の真ん中に位置する、美映留女子高校。 僕は女子の制服に着替えた。 髪型を少し整え、前髪をヘアピンでとめる。 あとは、ピンクのフレームのメガネ。 これは、持ち主不在の落し物らしい。 もちろん、度は入っていない。 女装と言えるものはこれぐらい。 「先生、さすがにこれじゃバレませんか? 化粧道具、いまもってないですよ」 「平気、平気。ちゃんと女子生徒に見えるから。それに、学生同士の会合で、化粧はまずいだろ?」 「はぁ……僕って、やっぱりぱっと見は女子なんですね……」 「まぁ、気を落とすなよ。男はここだろ?」 山城先生は、親指を立てて自分の胸を指す。 「そうですね……先生、ありがとうございます」 僕がお礼を言うと、山城先生はニッと笑った。 僕と山城先生は電車に乗り、美映留女子高校のある樹音(きね)駅に到着した。 樹音公園の中を通り、しばらく進むと校舎が見えてくる。 ちなみに、樹音公園は美映留の中ではいちにを争う桜の名所になっていて、僕達も今年の花見はここにきた。 あの時は、本当に桜が綺麗だった。 美映留女子だと、あの桜を毎春見ながら登校できるんだ。 そう思うと、心底うらやましい。 さて、それはそうと、僕は踏み出す足がだんだん重くなってきた。 学校に近づくにつれ緊張の度合いが増す。 女装がバレたら、というのもある。 でも一番緊張しているのは、女子と面と向かって話し合いをしなくてはいけないって事なのだ。 僕が浮かない顔をしているのに、山城先生は気がついて言った。 「どうした、青山? やっぱり青山でも女子校は緊張するか?」 「……はい」 「先生もだ。なんか、楽しみだよな。いいか、ハメ外すなよ」 「あの、それ、先生だけです……」 「そっか。ははは」 僕はクスッと笑う。 ありがとう、先生。僕の緊張を和らげようとしてくれて。 そんな事を話しながら、校門を入っていく。 周りをキョロキョロする。 運動部の生徒たちが、活発に動き回っている。 へぇ、ここが女子校か。 耳から入る声は、女性の声ばかり。 新鮮ではある。 でも、それぐらいか。 意外と、普通なんだな。 ちょっとほっとする。 山城先生を見ると、居心地が悪いのか、すこし落ち着きなさそうにしている。 なんか、かわいい。 スリッパに履き替え校内へ入った。 今のところ、他校の生徒ということで注目を浴びる事はあっても、女装をうたがわれているような感じはない。 僕と山城先生は職員室の前まで来ると、先生は僕に言った。 「会合は、そこの手前の教室らしい。青山はそこにいって。俺は、職員室で待機しているから」 「はい。分かりました」 「あっ、そうだ。一応、偽名を使っておいてな。後で面倒になると困るから」 「はい」 僕は指定の教室に入った。 「こんにちは」 僕はお辞儀をして挨拶をした。 既に、僕以外は先に集まっていたようだ。 「こんにちは」 声が返ってくる。 先生らしき人がどうぞ、としたので、指示された椅子に座った。 「これで、全員そろったかしら。それでは始めましょう」 自分を入れて5名。僕以外は全員女性。 先生とおぼしき人が言った。 「それでは、美映留3校の合同文化祭会議をはじめます」 一同、お辞儀をする。 「最初に言っておきます。私は、美映留女子の担当教師です。私は見ているだけですので、皆さん自身で議事進行、決定まで進めてください」 なるほど、生徒の自主性に任せるということか。 「あと、そこにいる大村さんが書記を務めます。大村さんよろしくお願いしますね」 大村さんはお辞儀をした。 大村さんは美映留女子の制服だから、書記として駆り出されたのだろう。 つまり、それぞれの高校の代表3名で話し合いなさい、という事のようだ。 一人の子が話始めた。 「じゃあ、さっそくはじめましょう。自己紹介からね。あたしは、美映留学園の鈴谷 美紀(すずや みき)よろしく」 パチパチ。 鈴谷さんは、大きな目できりっとした表情。活発そうでクラス委員タイプ。 ショートヘアがすごく似合っている。 「わたしは、美映留女子の結城 春乃(ゆうき はるの)です。今日は、よろしくお願いします」 パチパチ。 対して、結城さんは、メガネっ子でおとなしそうなタイプ。 でも、しっかりしていそう。すこし垂れ目なのが可愛らしい。 一同の目が僕に集まる。 ちょっと焦る。 「えっと、私は、美映留高校の青木 めぐみです。今日は、委員長が体調不良のため代理できました」 僕はお辞儀をする。 パチパチ。 鈴谷さんが言った。 「それじゃ、さっそくだけど。皆さんはそれぞれどんな文化祭にしたいか、言っていきませんか?」 えっ!? そんなこと考えてないのだけど。 鈴谷さんは続ける。 「じゃ、あたしから。あたしは、今までにない、新しいことがしたいです。せっかく合同ですもの。ありきたりな出し物ではつまらないので」 一同、うんうんと同意する。 言われる通り、せっかくやるなら、新しいことがいい。 「では、次はわたしが」 結城さんだ。 「わたしは、3校みんなで盛り上げていきたいです。どこかの高校が一方的に負荷になることがないように一緒にできることをしたいです」 これも、一同、うんうんと同意する。 そうだ。3校で一体感を出したい。 気持ちはよくわかる。 一斉に僕の顔を見る。 僕の番だ。 こういうの苦手だな。 とりあえず、頭に浮かんだ事を口に出してみた。 「えっと、私は……思いっきり楽しみたいです!」 一同、沈黙。 しっ、しまった……。 何にも考えていないのがバレた? しばらくして、パチパチと拍手が起こった。 「うん! それ、それよ。青木さん! あたしも、まずそれだと思う」 「わたしも、そうだと思います。青木さんに賛成です!」 鈴谷さんと結城さんは賛同してくれた。 あぶなかった……。 僕は、余裕の表情を見せていたが、心の中では冷や汗を懸命に拭っていた。

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