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4-11-6 美映留三校祭(6)

「さて、プログラムもいよいよこれで最後です!」 会場からはブーイングが起こる。 「これができれば、もう間違いなくアツアツカップルと言っていいでしょう! ゼリーの口移し!」 ブーイングから大きなどよめきに変わった。 僕と雅樹も顔を見合わせた。 「いくらなんでも、だよな? めぐむ」 「本当に先生のチェックをパスしたのかな?」 「ちょっと過激すぎるよな。だけど、面白そうなこと考えたな。ははは」 「面白そう? どこをどうみるとそうなるの?」 僕は雅樹を睨む。 「ははは。めぐむ、そう言っている割にやりたそうな顔しているぞ」 「やめてよ! はずかしい」 司会者はステージの参加者を見渡す。 「さあ、どうでしょうか? チャレンジするカップルはいますでしょうか?」 どのカップルも首を振っている。 会場も、シーンと静まり返る。 視線の先は僕達に向かっているような……。 でも、こんな恥ずかしいこと、人前でするわけがない。 もう、無理にサービスはしなくていいよ。雅樹。 僕達が見世物になることなんてないんだ。 「雅樹、絶対にだめだからね。絶対だめ。いいよね?」 「絶対だめ? 本当に?」 「うん。絶対にだめ」 「わかった」 雅樹は、きりっと手を挙げる。 「あっと、さすが、雅樹君。皆さん!  雅樹めぐむペアの勇気に拍手をお願いします!」 会場からは、大きな拍手。 雅樹くーん、めぐむくーん、頑張ってー! の応援の声。 僕は雅樹を睨む。 「もう、拍手なんてもらって! 後に引けないじゃない! どうして、手を挙げるのよ!」 「だって、めぐむが、絶対にだめっていうから……」 「え? フリじゃないよ?」 「なんだよ、先に言ってよ。繰り返し言うからフリだとおもうだろ」 僕はがっくりと肩を落とす。 雅樹は笑った。 「ははは。しようがない。やろうぜ!」 雅樹は、ゼリーが入った器を手に持っている。 「よし、やるぞ!」 僕は、口を大きく開け、舌をだす。 雅樹が器を傾けると、とろり、舌の上に乗っかる。 冷たい。 あれ? 思ったより、とろとろしている。 柔らかくてとろみのあるゼリーだ。 プリンに近いかも。 味は、フルーツ味、いや、ミルク味かな。 「さぁ、まずは、めぐむ君の口にゼリーが入りました。これから、雅樹君の口へと移動します」 司会者の解説。 それまで、ざわざわしていた会場はシーンとする。 僕はこぼれないように、口の真ん中にしまう。 なるほど、舌の上にのせていれば大丈夫そうだ。 うー、うー、言って、雅樹に伝える。 雅樹は口を開けて待ち構える。 僕は、そろりと顔を近づけ、雅樹の口に移そうとする。 角度が難しい。 「めぐむ、だめだ、唇をあわせるぞ」 僕は無言でうなずく。 雅樹は、半開きの僕の口にガバッと吸い付く。 そして、スッと吸った。 すると、にゅるっと、雅樹の口に移動する。 ぷはっ。 唇を離す。 会場からは、キャーという歓声と、安堵の溜息。 司会者が言った。 「すごい、キスで直接の移動です! 無事にゼリーは雅樹君の口に入った模様です。さて、ここから、めぐむ君の口に戻せるでしょうか?」 雅樹は口をもごもごしている。 ゼリーの無事を確かめているようだ。 「あぶないよ、雅樹。ゼリーが崩れそうだった。もう直接吸うのは厳しいかも」 雅樹は、コクリと頷く。 僕は雅樹に指示する。 「じゃ、僕が口を開けて待っているから、舌で押し出して落として」 雅樹は、うー、うーと答える。 了解らしい。 僕は、半分、口を広げて舌を出す。 雅樹も口を少し開けた。 キスシーンで興奮冷めやらぬ会場も、再び静まり返る。 僕達二人の事をじっと見守る。 司会者も、ゴクリと、固唾を飲む。 にゅるっとしたゼリーが、雅樹の舌の上から垂れてきた。 すこし崩れているようだ。 でも、そのくらいなら大丈夫。 とろとろっと垂れる。 そして、僕の舌に触れた。 えっ……。 さっきはあんなに冷たかったのに、温かくなっている。 雅樹の口で温められたんだ。 なんだろう、このゼリーの柔らかい感じ。 そうだ、雅樹のペニスの先から出るアレに似ているんだ。 やばい。 そんなふうにちょっと思っただけなのに、もうそれにしか思えなくなってしまった。 いやらしい気持ちになってきちゃうよ。 はぁ、はぁ。 雅樹の半透明のおつゆ。 僕の口の中に入ってくるんだ。 とろとろしている。 はやく、ちょうだい。 すこしづつ、ゼリーが落ちてくる。 はぁ、はぁ。 雅樹のが、僕の口の中に……。 ゼリーが僕の舌に落ちた瞬間、崩れた。 そして、僕の半開きの口の端から、タラっとたれる。 二人の唾液と入り混じっていていやらしく糸を引く。 あぁ、垂れちゃう。失敗? その瞬間、雅樹が口で僕の口を塞いだ。 会場は、あっ、と、一瞬声が上がる。 が、すぐに、シーンと静まる。 んっ、んっ、んっ……。 舌を絡ませあい、弾きあい、吸い付き合い、ぴちゃ、ぴちゃと音が鳴る。 その音だけが、会場中に響き渡る。 そして、互いの舌でもみくちゃにされたゼリーのとろとろは、二人の口を行き来して、やがて僕ののどを伝わった。 ゴクン。 雅樹のを受け止めたときと同じだ。 じわっと、気持ちが高揚してくる。 雅樹は執拗に、僕の口をむさぼり始める。 んっ、んっ、んっ……。 僕は、気持ちよくて頭がボォっとしてくる。 だめ、こんなに大勢に見られているのに。 ぷはっ。 もうだめ。 僕は目の前が真っ白になって、雅樹の胸の寄りかかるように抱き着く。 雅樹は、そんな僕のあまたの後ろにそっと手を添えると、そのまま抱え込んだ。 「めぐむ、大好きだよ……」 そう呟くと、雅樹は、天井を見つめ、そして拳を固め、その腕を高々と上げた。 その瞬間……。 シーンと固まっていた会場は、一斉に沸き立つ。 おめでとー! よかったよー! やったー! おめでとー雅樹くーん! お二人とも お幸せにー! めぐむくーん かわいいー! 司会者も、涙声になっている。 「感動です! 雅樹君の勝利のガッツポーズ! ついに、ついに、めぐむ君の心を開いたようです! 雅樹君の愛が、めぐむ君に通じたのです。感動です!」 僕は、ボォっとしながら、大騒ぎの会場の方を見た。 そういえば、ちゃんと観客席を見たのは初めだな。 みんなの表情が見える。 感動で目をこすっている人、恥ずかしがって顔を隠す人、手を挙げて叫んでいる人、興奮して顔を染めている人、いろんな表情。 僕達のことで、こんなに喜んでくれている。 なんだろう、この気持ち……。 そんなことを考えながら、僕は雅樹の胸の中でふわっとした感覚に浸っていた。 帰りの電車。 僕達は二人で学校に戻る。 山城先生と黒川さん、そして翔馬とジュンはタクシーで先に出ていた。 ジュンの具合を心配してのことだ。 「でも、翔馬と一緒に帰ったんじゃ逆効果だよね」 僕は雅樹に言うと、 「まぁ、すぐに治るだろう。片桐先生の顔見れば」 と返ってきた。 僕はクスッと笑い、 「それは、そうだね」 と答えた。 揺られる電車の中で僕は雅樹に言った。 「それにしても、ちょっと雅樹、やりすぎじゃなかった?」 「ははは、大丈夫だって。だってさ、本当の恋人だったら、普通人前であんなことまでしないぜ?」 「それもそうだね。あそこまですれば、逆に嘘っぽいもんね」 「そうそう」 「でも、僕達は普通じゃないから、しちゃったけどね。ふふふ」 「そうだな。ははは」 社内アナウンスが入る。 「次は、美映留中央、美映留中央に止まりまーす」 僕は言った。 「……雅樹は人気だったね。僕は鼻が高かったよ」 「ははは。何言っているんだ? 人気だったのはめぐむだぞ?」 「えっ?」 「あれ? わからないの? めぐむが恥ずかしがって顔を赤くしたり、照れたりするのが、人気なんだけど。俺は、それの引き立て役だったってわけ」 「えーっ? そうなの?」 「そうだよ。ははは」 そんなこと、全く考えていなかった。 でも、そういう一面もあったかもしれない。 でも、それも雅樹あってのことだ。 「じゃあ、カップルで人気だってことで。うちの高校が勝利できたのも僕達のお陰だもんね。ふふふ」 「ああ、そうだな。俺たち最強のカップルだ。ははは」 そうなんだ、美映留高校と美映留学園の対決は、美映留高校の勝利で幕を閉じた。 おそらく決め手は、雅樹の最後のパフォーマンスなのだろう。 最後と言えば、僕はずっと、あのとき感じた不思議な気持ちについて考えていた。 そして、雅樹と話しているうちに、あぁ、そうか、とおぼろげに分かったような気がした。 その時、ちょうど、雅樹が話を切り出した。 「実はさ、ちょっとやりすぎたのには理由があるんだ」 「どんな?」 僕は聞き返す。 「俺はさ、男同士って気持ち悪がられると思ってた。だけど、そんなことなかった」 「うん」 「途中で、あれ? もしかして、素の俺達でも受け入れられるんじゃないかな?って思った」 確かに、雅樹はいつもの雅樹だった。 雅樹は続ける。 「それで、飾らないいつもの俺達を試してみたいと思ったんだ。だから、最後は、なんか嬉しくてガッツポーズしちゃった」 「うん」 「あれ、もしかして、知ってた?」 「ううん。でも、僕も最後、会場の人達の喜ぶ顔をみて同じ気持ちになった。あぁ、僕達は受け入れられたんだなって。それで、嬉しくなった」 「そっか。まぁ、今日は特別かもしれないけどな」 「うん、そうだね。今日は特別かも」 僕と雅樹は、他に誰も乗っていない電車の中で、そっと手を繋いだ。 そう、今日は特別だったのかもしれない。 でも、それでも……。 僕達はとっても嬉しかったんだ。 そして、幸せな気持ちになったんだ。 僕は、手を繋ぐ雅樹の手のぬくもりを感じながら、いつまでもその余韻に浸っていた……。

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