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4-13-2 雪月風花(2)

リビングに入った。 さっそく、女装の準備を始める。 まずは、服装。 もともと、ユヅキさんは、ゆったりとした着こなしで、女性っぽくもある。 紙袋から出てきたのは、おとなしいめデザインのセーターと、ロングスカート。 見た目は若くみえるけど、久遠さんと同級生ってことは、ユヅキさんも30才台のはず。 だから、目指すのは優しい大人の女性。 方針はそれで決まり。 メイクは、やっぱりナチュラルメイクだよね。 ユヅキさんは、メイクは初のようだ。 基礎化粧からしっかりとやらないと。 僕は、化粧水をたっぷりとコットンに浸す。 ベビーオイルはっと。 あれ? なんか、楽しいぞ。 人のメイクするのなんて初めて。 僕は、ユヅキさんのメイクをしながら、ふと、自分が初めてメイクをしたときのことを思い出した。 そうだ、ムーランルージュでアキさんにしてもらった時。 あの時のアキさんの気持ちと同じ。 クスッ。 「何かおかしいですか?」 ユヅキさんの問いかけにビクッとする。 「ううん。ユヅキさんがおかしいんじゃないんです。ちょっと思い出した事があって」 「そうですか」 「はい、メイクはできました。次は、ヘアメイクいきますね」 髪は、もともと男性にしては長め。 前髪を整えて、ふんわり耳かけショート。 うん。 ウィッグなんてなくても、十分女性っぽい。 ドライヤーで整える。 よし、出来上がり。 手鏡をユヅキさんへ渡した。 ユヅキさんは目を見開く。 「わあ、ずごい。自分じゃないみたいです」 僕の時と同じ反応。 よかった。 ユヅキさんは、いろんな角度からチェックをしては、嬉しそうに微笑む。 僕は、ホッと肩をなでおろした。 期待には応えられたようだ。 傍らで見ていた、久遠さんがユヅキさんの肩を抱く。 「可愛いよ、ユヅキ」 「ありがとう。徹さん」 見つめ合う二人。 ああ、なんて絵になるんだろう。 仲のいい夫婦そのもの。 僕は、うっとりと二人を眺める。 ああ、雅樹と僕もこうなりたいな。 ユヅキさんの手を取り握りしめる久遠さん。 それに答えるように、体を預けてもたれかかる。 胸がキュンキュンする。 ユヅキさんは、ぽつりと言った。 「風花(フーカ)君、気に入ってくれるでしょうか……」 「ああ、大丈夫だよ。ユヅキ」 えっ……。 よく見ればユヅキさんの手が震えている。 それもそうだろう。 女装がどうとか、というより、これからずっと、女性としてフーカ君に接しなくてはいけない。 うまくできるのか? 上手に演じられるのか? きっと、そこまで考えてのことなのだろう。 僕は目を閉じる。 ねぇ、雅樹。 こんな時はどうしたらいいと思う? 自分を偽って生きていくなんて、残酷だよね? そうだな。 雅樹の声が聞こえた気がした。 そしたら、僕がすることは決まっているよね? ああ、めぐむが思った事をしてごらん。 うん。 僕は、目を開ける。 そして、言った。 「あの、僕の話を聞いてください!」 僕は、戸惑う二人を説得して、ユヅキさんの女装を解いた。 絶対に大丈夫。 母親を演じる必要はない。 ありのままのユヅキさんでいい。 それでも、3人で仲良く暮らせるようになる。 僕は、そう二人に言い聞かせた。 うん。 本当に大丈夫。 フーカ君は分かってくれる。 僕の中で不思議と確信のようなものが芽生えている。 なぜだろう? フーカ君が小学校から帰ってきた。 「ただいま!」 元気な声。 僕は、玄関で出迎える。 「お帰り、フーカ君!」 「あれ? だれ?」 「わからない? 僕は、ユータのお兄ちゃんだよ」 僕は、しゃがんでフーカ君と目線を合わせる。 フーカ君の澄んだ瞳。 こわばった表情がやわらぐ。 「あっ、本当だ。ユータ君のお兄ちゃんだ。どうして、女の子の格好しているの?」 「それは、フーカ君を驚かそうとおもって!」 「へぇ、そうなんだ。あれ! もしかして、ユータ君いるの!?」 フーカ君はカバンを放り投げる。 「ごめんね。ユータは今日はいないんだ。今度つれてくるね」 フーカ君は、あからさまにがっかりとした。 「そうなんだ……残念」 僕は、フーカ君の頭を撫でながら、言う。 「ねぇ、フーカ君。今日は、特別な人が遊びに来ているんだよ」 「えっ? だれ?」 「知りたい? じゃ、来てみて!」 僕は、フーカ君の手を携えてリビングに向かった。 リビングに入ると、フーカ君は僕の後ろに隠れた。 「パパ、そっちの人、誰なの?」 久遠さんとユヅキさんは、今にも泣きそうな顔をした。 「風花、こっちの人は、ユヅキさんといってな……」 僕は手のひらを見せて、久遠さんを制止した。 僕は、再びフーカ君の前にしゃがみ込む。 「フーカ君」 「なに?」 「フーカ君は、ユータの事、好き?」 「えっ? 好きだけど」 フーカ君は即答する。 「どのくらい好き?」 「うーん。いっぱい、いっぱい、大好き!」 フーカ君は、両手を大きく広げた。 「そっか」 僕はフーカ君の頭を撫でる。 本当にいい子……。 「いい、フーカ君。あそこにいるユヅキさんはね、パパが大好きな人なの。フーカ君がユータを『好き』と同じくらい」 「えっ? パパが好きな人?」 「そう。パパが大好きな人」 フーカ君は、まじまじとユヅキさんを見つめる。 ユヅキさんは、弱々しく微笑む。 でも、目は真剣にフーカ君を見つめ返している。 「それでね、ユヅキさんも、パパのことが大好きなの」 「ユ、ユヅキ、さん、も?」 「そう。ユヅキさんも」 僕は、優しく答える。 そして、話を続ける。 「ねぇ、フーカ君。お兄ちゃんは、『好き』同士は、一緒にいるのが一番いいと思うんだ。だから、パパとフーカ君と、そしてユヅキさんは、3人で暮らすのがいいと思う。どう?」 「えっと、『好き』同士は一緒?」 「うん」 「『好き』同士は一緒がいい! 僕もそう思う! ねぇ、じゃあ、ユータ君も一緒に暮らしたい!」 「ふふふ。そうだよね。うん。今はまだできないけど、絶対にいつか一緒に暮らせるよ。『好き』同士だもん!」 「やった!」 「ねぇ、だから、ユヅキさんと一緒に暮らすのはどう? 嫌?」 「ううん。いいよ。だって、パパと『好き』同士なんでしょ!」 久遠さんは、声をだした。 「フーカ! 本当にいいのか?」 「いいよ」 「フーカちゃん。ありがとう!」 ユヅキさんは、目に涙をためて言った。 フーカ君はユヅキさんに近づき、恥ずかしそうに言った。 「うん。でも、一緒に遊んでほしい。その、ユヅキさん……」 「もちろん、いいよ! あぁ、そうだ。僕はあやとりが上手なんだ!」 ユヅキさんは、僕が用意したあやとりを取り出す。 そして、即席で覚えた簡単な形を作った。 フーカ君は目をキラキラさせて、その様子を見守る。 興奮して足踏みしている。 「ユヅキさん、あー言いにくい! お兄ちゃん! こうやるの、あやとりは!」 フーカ君は堪りかねて、ユヅキさんからあやとりを取り上げる。 そして、得意になって、形を作り始める。 作戦通り。 前にユータから「フーカはあやとりが得意なんだよ」と聞いていたから、きっと、乗ってくるだろうと思っていたけど、こうもうまくいくとは……。 ユヅキさんは、嬉しそうに、 「すごい! じょうず!」 と言って手を叩く。 「そうでしょ! ねぇ、お兄ちゃん。これ取ってみてよ!」 そう言うと、あやとりを差し出す。 「うまく、できるかな?」 ユヅキさんは、ぎこちない手つきで、あやとりを取ろうとしている。 ちがう、ちがう! と、フーカ君の興奮した声。 楽しそう。 久遠さんは、いつの間にか、涙を流してその光景を眺めている。 良かった。 僕は、集中して遊ぶ二人に気付かれないように、そっと後ずさりした。 久遠さんと目が合う。 久遠さんは、僕に深々とお辞儀をした。 僕は、目でサインを送る。 お幸せに! 久遠さん! 僕は、そのまま久遠さんの家を出た。 あれ、どっちから来たんだっけ? 方角を思い出しながら歩き始める。 「駅までたどりつけるかな?」 思わず独り言が漏れた。 歩道の街路樹は真っ赤に紅葉している。 綺麗……。 久遠さん、ユヅキさん、そして、フーカ君。 3人の生活はきっと、幸せに満ち溢れているはず。 僕には見える。 どうしてかな? きっと、この紅葉の美しさがそう思わせるのかもしれない。 そうだ。 今日は、休みなんだ。 ちょっと、遠回りでも、この街路樹の下を歩いていこう。 紅葉を見ながらのんびりと……。 この心地の良い気分を少しでも長く感じていたい。 ねぇ、雅樹。 上手くいったよ。 え? なに? 今度は俺たちの番、だって? ふふふ。 そうだね。 僕達も、いつか一緒に暮らそうね。 そして、ずっと、ずっと、幸せに暮らそうね。 昔話のエンディングみたいに。 うん、約束だよ!

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