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4-14 応援
すっかり受験生だ。
一日中勉強をしている。
学校が終わったら予備校にいく。
予備校が無い日はまっすぐ家に帰りずっと勉強する。
今日は日曜日。
予備校が無い日だ。
だから一日中部屋にこもって机に向かっている。
一区切りついたので、シャーペンを置いた。
「うーん」
伸びをして体を休ませる。
「雅樹と最近会ってないな……頑張っているかな……」
雅樹にメールを出そうか考えて、思い留まる。
せっかくの雅樹の集中を途切れさせちゃう。
頑張っているところを邪魔したくない。
先日、模試の結果が出た。
初めて合格基準を上回る判定が出た。
勉強の成果が数字に表れるのは、素直に嬉しい。
絶対でないにしても、それでも自信にはなる。
すぐに雅樹に報告した。
でも、雅樹はあまりよくなかったのか、返事がなかった。
大丈夫かな。
ちょっと心配……。
「そうだ、明日会って話そう!」
意を決して、何日かぶりに雅樹と会おうと決心した。
月曜日。
僕は授業が終わると、昇降口で雅樹を待つことにした。
「よっ、めぐむ!」
ようやく雅樹がやって来た。
見た目は元気そうだ。
でも、違う。
僕には分かる。
そう振るまっているだけだ。
「一緒に駅まで帰ろうよ!」
「いいよ」
雅樹は答える。
「すっかり寒くなったなぁ……」
雅樹は手を擦りながら言った。
「うん。そうだね」
もう、12月だ。
今日の天気はどんよりしているから特に冷え込む。
雅樹は無口だ。
時折見せる笑顔も疲れているようで、弱々しい。
僕は、雅樹を応援したい気持ちでいっぱいだった。
でも何を言えばいいのか。
言葉にならない。
頑張れ。
ちがう、頑張っている人に頑張れっていうのもおかしい。
雅樹ならできるよ。
そんな、上から目線の言葉、僕は何様だっていうのか。
あぁ。
僕はただ元気付けたいだけなんだ。
雅樹と隣同士で歩いているのに、その距離は遠く遠く感じる。
僕と雅樹は無言のまま、緑道を通り抜け大通りに差し掛かった。
駅はもうすぐだ。
雅樹が話を切り出す。
「なぁ、めぐむ」
「なに? 雅樹」
「今日、ちょっと付き合ってくれないか?」
「予備校はいいの?」
僕は心配げに問いかける。
「うん、今日は休むかな」
「わかった」
僕は答えた。
雅樹とカラオケに行くことになった。
歌を歌って息抜きをしたい。
ただそれだけかもしれない。
でも、僕の直感は違うと言っている。
雅樹は何かを話したいのだ。
二人だけで。
久しぶりにショッピングモールに来た。
カラオケルームに着くと、ちょうどタイミングがよく、すぐに部屋に通された。
僕達は、ドリンクが届くまで、無言でいた。
雅樹は、ドリンクを一口飲むと、僕に頭を下げていった。
「ごめん。めぐむと同じ大学行けそうにない」
「模試の結果?」
雅樹は、うんと頷く。
「約束を破ることになる……すまない……」
雅樹は悔しそうに言った。
約束。
それは、沖縄旅行で、雅樹が言った言葉。
僕と一緒の大学を目指す。
その事。
僕は答える。
「いいよ。大学だけがすべてじゃないもん」
僕は、うなだれた雅樹の頬に手を当てた。
そっか。
ずっと、それを悩んでいたんだね。
いいんだよ、雅樹。
僕は、雅樹の額に自分の額をつける。
雅樹は言う。
「でも、悔しい。めぐむと一緒の大学に行きたかったのに。こんなに頑張ってもだめな自分が情けないよ」
雅樹は涙ぐむ。
可哀そうで、胸が締め付けられる。
こんな弱気な雅樹を見るのは初めてかもしれない。
相当なことなのだ。
男が一旦言葉に出した決意。
そして、誓った約束。
その、どちらも叶わない。
雅樹は、真面目だし頑張り屋だ。
これまで、相当な勉強をして、精一杯の力を注ぎ込んだんだ。
僕は、衝動的に、じゃあ、僕も志望校変えようかな、と言いそうになってやめた。
それは、雅樹も望んでないし、僕も違うと思うから。
「ねぇ、こっちに来て横になって」
僕は、自分の膝を差し出し、横になる雅樹の頭をそっと置いた。
そして、雅樹の頭に手を乗せ、髪の毛を優しくすくってあげた。
慰める言葉が思いつかない。
でも、僕の脳裏に浮かんだこと。
そうだ。
この話をしよう。
「ねぇ雅樹。僕の小さいときの話をさせて」
雅樹は、目を閉じたまま、うん、とうなずく。
僕は話し始めた。
「僕は小さいころ、体が弱くて、みんなができることができなかった。それが当たり前だと思っていた。でも、あるとき、憧れの男の子ができたんだ」
僕は、目を閉じて思い浮かべる。
片時も忘れる事はない。
雅樹との思い出。
「僕は、彼のようになりたい。すこしでも、彼に近づきたい。そう願った。それが、諦めていたことにチャレンジする切っ掛けとなったんだ」
そう、逆上がり。
鉄棒を握った感覚。
うん。
思い出せる。
僕は、拳をギュッと握った。
「とはいっても、頑張って、できることと、できないことはある。結局、僕は、ほとんどのことは、できるようにはならかなった。でも、あの時、頑張ろうと思ったことで、僕は道を切り開くことができた。今、雅樹と一緒にいられるのは、元はといえば、あの時、頑張ったお陰なんだ」
僕は、そこまで話してひと呼吸入れた。
雅樹は、じっと聞いていてくれている。
僕は、続ける。
「だから、頑張ったことが無駄になるなんて、ないんだ!」
雅樹は、ピクンと少し反応した。
「過去頑張ったことは、未来にしっかりと繋がっていく。僕は、あのころの自分に感謝してもしきれない。ありがとう、僕って」
僕は、雅樹の手の上に優しく手を置いた。
雅樹は、いつに間にか目を開けていた。
「めぐむは、すごいな。やっぱり、お前はすごいよ!」
雅樹は、僕の手を掴み、ぎゅっと握る。
そして、つぶやいた。
「そっか、駄目でも無駄にはならないか……」
僕は、無言で頷く。
そうなんだ、雅樹。
無駄なことなんてないんだ。
「めぐむ、ありがとう! 俺、もうちょっと頑張ってみるよ! 駄目なら駄目でその時に考えればいい」
雅樹の瞳が光を取り戻した。
吹っ切れたようだ。
「うん!」
僕は、思いっきり頷いた。
よかった。
本当によかった……。
ほっとしたら涙が溢れてきた。
うまくいくかどうかなんてわからない。
そんなことに押しつぶされないで。
僕は、今日みたいな雅樹を見るのは、耐えられないんだ。
涙が頬を伝わる。
雅樹は、僕が泣いていることに気が付いたようだ。
雅樹は言った。
「ごめんな。めぐむ。なんか、心配、掛けちゃってたようだね」
「ううん」
僕は、グスグス泣きながら答える。
「でも、もう大丈夫。目指すところは何も変わらないって分かったから。もう、悩むのはやめた!」
雅樹の全身には、生気が戻っている。
うん。そう。
それがいつもの雅樹だ。
嬉しい。
「でも、今は……」
雅樹は言う。
「今は、もうしばらくこうしていてくれないか?」
雅樹は、僕の膝に顔をうずめる。
「いいよ」
僕は、そっと雅樹の髪の毛を優しく撫でた。
大丈夫だよって。
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