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4-16 風邪引き

僕は、体温計をお母さんに渡した。 「うーん。まだ熱はあるわね」 お母さんは、体温計の数字を見て言った。 そして、「もう少し寝てなさい」と言い残し、部屋から出ていく。 僕は、正月から風邪をひいて寝込んでいた。 「あぁ、ついていない……」 受験生だから、最後の追い込みをしないといけない。 年末からの無理がたたったのかもしれない。 僕はベットに寝て、天井を見る。 熱があるから、頭の中がぐるぐる回ってつい余計なことを考えてしまう。 「雅樹は、勉強頑張ってるかな……」 去年の暮れから、雅樹は追い込みでかなり頑張っているようだ。 雅樹が頑張っていると思うと、僕も頑張ろうって思える。 なのに、この有様なんだ……。 僕は、知らず知らずのうちに眠りに落ちた。 目が覚めた。 あぁ、ちょっと寝ちゃったかな。 と思っていると人の気配を感じた。 ふと見ると、雅樹がそこにいた。 「やあ、起きたか、めぐむ」 「えっ、どうして?」 驚いて雅樹に尋ねる。 「うん。お母さんが、知らせてくれたんだよ。で、お見舞いに来たってわけ」 お母さんといつの間にメアドを交換したんだろう? いや、そんな事より、今は雅樹の勉強が心配。 「勉強はいいの? 追い込みじゃない?」 「いいんだ。たまには息抜きも必要だろ?」 雅樹は、僕の額に手をあてる。 「うーん。熱あるね。水のむ?」 雅樹は、枕元にあったペットボトルを僕に差し出す。 「うん、ありがとう」 僕の部屋に雅樹が来てくれた。 2度目だ。 雅樹がいるだけで、いつもの部屋じゃないみたいだ。 うれしい。 雅樹は僕の手を握ってくれる。 「何かしてほしいことある?」 雅樹は僕に尋ねる。 キスと言おうとしてやめた。 うつしてしまったら大変だ。 「うーん。それじゃ、何か話して」 「何かって、難しいなぁ……」 雅樹は困った顔をした。 急に何か話せってのも確かに酷だ。 僕は考えた。 そして、いいことを思いついた。 「じゃあ、僕の質問に答えて!」 雅樹は、ああいいよ、と答えた。 「茶化すのは無しで。僕は弱っているんだから!」 「うん。わかったよ」 「じゃあ……」 僕は1年生のころを思い出す。 「1年生のとき。最初、僕の印象はどうだった?」 雅樹はそんな昔のこと? という顔をした。 「印象っていってもな……」 「正直に言ってよ。茶化すの無しって約束だから」 「じゃあ言うけど……」 「うん」 「見た目は女の子みたいなのに、中身は、一筋縄ではいかない頑固者、って感じかな」 うっ。 自分でも自覚はある。確かに正直に言っているようだ。 「うん。確かにそう……。でも改めて口にだしてそう言われると、ちょっとショック」 「あ、ごめん。そんなつもりじゃないんけど」 「ううん。いいの。その通りだもん」 雅樹は、そっか。と、いった。 「じゃ、次の質問。僕のこと好きになったのっていつ?」 「好きか……難しいな」 雅樹は考え込む。 「難しい? どうして?」 「まぁ、なんだ、好きとはちょっと違うかもしれないが、大事にしなきゃと思ったのはあの時だ」 「あの時って?」 「あの事件、ほら矢追公園の……思い出したくもないかもしれないけど、あの後、めぐむは俺が絶対に守っていく。そう心に決めたんだ」 そう、あの事件。 僕が上級生に犯されそうになった事件。 あのことを思い出すとすこし悲しくなるけど、でも、雅樹が助けてくれた。 ヒーローのように。 だから、僕の大切な思い出の一つでもある。 僕は微笑みながら言う。 「守っていくって、なんかプロポーズみたい。ふふふ」 「そうか? でも本当にそう思ったんだからしかたない」 雅樹は、照れずに言う。 僕は目をつぶる。 優しいな。 温かいものが僕の中に広がる。 「めぐむ。疲れたか? もう少し寝ろよ」 僕は目を開ける。 「ううん。じゃ最後の質問ね……」 ずっと、気になっていた事。 もう女装を始めて一年半。 僕は、雅樹好みになれただろうか? 雅樹は、いつも褒めてくれる。 でも、本音を聞きたい。 深呼吸する。 「僕って可愛い?」 「可愛い、いつも言ってるだろ?」 「違う! 今日は、お世辞無しで、正直に言って!」 「お世辞無しか。わかった」 雅樹の考える顔。 ドキドキ。 ああ、緊張する。 でも、着こなしも出来てきたと思うし、自分でも可愛いと思う。 でも、可愛くない、って言われたら……。 いや、大丈夫! 雅樹は、口を開いた。 「そうだな、めぐむは……」 心臓の鼓動が早くなる。 「悪いけど」 え? 「可愛いわけじゃない……」 そんな……。 目の前が真っ白になりかける。 雅樹は、ひと呼吸おく。 ごにょごにょっと何かを言った。 えっ? 声が小さい。 もう一度きく。 「ごめん、雅樹。よく聞こえなかった」 雅樹は一呼吸入れて答えた。 「物凄く可愛い!」 その言葉が耳に入った途端、パッと目の前が明るくなった。 体中が喜びで満たされる。 僕は、興奮して雅樹に問いかけた。 「ねぇ、雅樹。僕の格好で一番好きなの教えてよ」 「そうだな、やっぱり学校の制服にチョーカーだな!」 「ぶっ! それ、女装じゃ無いじゃん!」 「あと、一昨年のクリスマスの天使はやばいな」 「雅樹、それどちらも男なんだけど……」 「あっ、女装でか?」 「そう!」 まったく! でも、女装の僕より男の僕を先に思い浮かべてくれるなんて。 それはそれでなんだか嬉しい。 雅樹は、嬉しそうに言った。 「そうだな、やっぱりギャルめぐむかな!」 「あっ! 茶化した。無しって言ったよね!」 僕は、頬を膨らます。 「ははは。そうだったな」 雅樹は笑う。 「大人風もいいし、子供っぽいのもいい、浴衣も良かった。でも、水着かな? ああ、甲乙付けがたい!」 雅樹の口からポンポンと出てくる。 ふふふ。 そんなに気に入ってくれてたんだ。 ありがとう、雅樹。 最初は、女装には抵抗があった。 でも、今はまったく抵抗はなくなった。 きっと、雅樹がどちらの僕も同じように接してくれるから。 「じゃあ、僕はもっとおしゃれな服を着たりメイクもしっかりして、もっともっと可愛くならなきゃね」 「いや、いいんだ」 「どうして? 可愛いほうがいいでしょ?」 「うん。あまり、可愛くなると、他の奴がめぐむにちょっかいだすかもしれないだろ」 クスッ。 「そんなことを思ってたんだ。おっかしい!」 「もういいだろ。ほら、熱があるんだから」 照れている。 「雅樹こそ、顔が赤いよ。熱があるんじゃない?」 「なんだよ。自分が言い出したくせに」 「ごめん」 僕は、謝ると続けて言う。 「でも、嬉しかった。ありがとう!」 「うん。ゆっくりお休み」 雅樹が優しく頭をなでてくれる。 僕は目を閉じた。 いつの間にか眠ってしまった。 いい夢をみたような気がする。 目が覚めると、雅樹の姿はなかった。 代わりに、お母さんがいた。 「どう? 気分は?」 「うん。だいぶ良くなった気がする」 お母さんが体温計を僕に渡す。 「計って」 「ねぇ、お母さん。どうして、雅樹に連絡したの?」 僕は体温計を脇に挟み尋ねた。 「だって。雅樹さんに来てもらうのが、一番の薬だと思ったからよ。お母さんに感謝してよね」 お母さんは、僕にウインクしてみせる。 確かにそうだ。 「お母さん、ありがとう!」 僕は、素直にそう言って、微笑んだ。

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