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4-17-1 アキさんとの絆(1)
僕は、ベッドから伸びをしながら起き上がった。
さて、今朝はどの教科の復習をしようか。
そんな事を考えて思い留まる。
そうだ、今日からは勉強しなくてよかったんだ。
ふふふ。
習慣って怖い。
そう。
昨日ついに試験は終わった。
本命の大学の試験。
力は出し切れた、と思う。
やるだけの事はやった。
後は、結果を待つだけ。
もう、やれる事は無いんだ。
なんか実感が沸かない。
僕は、ふと、カレンダーを見る。
雅樹は、まだ試験がもう少し残っている。
雅樹、頑張ってね。
僕は、部屋を片付けながら、今日は何をしようかとぼんやりと考えてた。
受験勉強中は、試験が終わったら、あれしよう、これしようといろいろと考えていたけど、いざ終わってみると何をしたらいいか戸惑ってしまう。
よし、今日はリハビリを兼ねて、久しぶりに女装で散歩でもしよう。
そう思って、家を飛び出した。
久しぶりのムーランルージュ。
僕がスタッフルームに入ると、アキさんの姿があった。
「アキさん、おはようございます!」
「おはよう、めぐむ。久しぶりね!」
アキさんは僕の顔を見ると、嬉しそうに微笑む。
ちょうど、コーヒーを淹れるところだったようだ。
コーヒーメーカーのポットを手にしている。
僕にも、一杯注いでくれた。
「めぐむ、試験は終わったの?」
「はい」
「で、どうだった?」
「ええ。やるだけの事はやったって感じです」
「そう、よかったわね」
アキさんはにこりとした。
僕は、コーヒーを口にする。
美味しい。
「今日は彼とデート?」
「いいえ、彼はまだ終わってないんです」
「そっか」
「今日は、久しぶりに女装のリハビリをしようかなって思って」
「えらいな、めぐむは。あっ、そうだ。それなら、私の買い物付き合ってよ!」
「良いですよ。是非!」
「やった。じゃあ、さっそく行きましょう!」
アキさんは、コーヒーカップをテーブルに置いた。
駅前ホテルのレストランにやってきた。
「アキさん、本当にこんなところでランチをおごってもらっていいんですか?」
「いいの、いいの。今日は、さんざんつき合わせちゃったし。疲れたでしょ?」
アキさんのお気に入りのブランドを数店舗回った。
今の時期は、春服の新作が出揃ってくる時期。
まだセールにはなってないけど、アキさんは気に入った服は惜しげも無く買う。
そんな、大人の買い物を目の当たりにして、とても刺激的だったし、なんだか気持ちがいい。
「そんな事は無いです。僕も楽しかったです」
「やっぱり、感想とかもらえるといいわよね。服は誰かと買いにいくといいわね」
「わかります。自分だと、これで本当にいいのか不安になりますし」
「うんうん」
「あの、山城先生とは一緒に買い物はしないんですか?」
「ハルちゃん? ハルちゃんとも行くけど、ほら、男の人ってちょっとエッチな服、好きでしょ? だから、いっつも同じようなエッチなのばっかり勧めるのよ」
「なんとなく分かります。彼は、短めのスカートが大好きで、一緒に行くと何かと推してきます」
「あはは。めぐむの彼もそう? ハルちゃんは、下着にまで口を出して来るのよ。Tバックじゃないとダメ! とか、黒にしろ! とか。可笑しいでしょ?」
「へぇ、意外です。山城先生って、服とかには無頓着な人かと思っていました」
アキさんは、手を横に振る。
「全然。自分の服は適当なくせに、私の服にはこだわりがあるのよ。もちろん、ハルちゃんの好みは優先的に着るようにするんだけど、いつも同じっていうのもね……」
「でもそれって嬉しいですよね。彼が喜ぶ顔が見れますし。僕の場合、自分が彼好みに染まっていくのが喜びなんです」
雅樹の場合はチョーカー。
目の色を変えて喜ぶもんね。
雅樹の喜ぶ顔を浮かべて、思わずにやけてしまう。
「うんうん。あれ? なんか、私たちの会話って、女同士の会話みたいね。ふふふ、男同士なのに」
「そうですね。彼の話とか服の話をしていると、つい熱が入っちゃいますね」
「あはは、楽しい」
「はい、ふふふ」
ああ、本当に楽しい。
雅樹の事を話題に出来る。
なんて楽しいんだろう。
こんな話で盛り上がるなんて、いつ以来かな。
前は、仲のいいムーランルージュのキャストさんとよく話したけど……。
逆に、ムーランルージュ以外では、ほとんど話す機会がない。
結局、アキさんが橋渡しになってくれている。
やっぱり、僕には、なくてはなら無い存在なんだ。アキさんは。
アキさんは話題を変えた。
「ところで、めぐむが受けた大学ってここからじゃ通うの大変でしょ?」
「はい。なので、一人暮らしをしようかと思っています。受かればですけど」
「めぐむなら大丈夫よ。そうか、一人暮らしか。彼とは離れ離れ?」
「いいえ。彼も同じ大学は受けています。万一ダメでも、近くの大学をいくつか受けているので」
「それなら、晴れて同棲かな?」
アキさんは、にっこりする。
そうなんだ。
アキさんは、僕が女装をするきっかけを忘れてない。
「はい。そうしたいと思っています。あくまで合格出来ればですけど」
「あはは。こんな慎重で不安がっているめぐむを見るの久しぶり。初めて会った時のめぐむを思い出すわ」
「ふふふ。アキさんに相談させてもらったんですよね。胸の事で。僕はアキさんに出会えて、本当に運が良かったって思っています」
「それなら、私も同じ。めぐむに会えて、若い頃の素直な気持ちを思い出す事が出来たわ。めぐむって純粋だから」
「そんな事、ないです……」
僕は、褒められて顔が赤くなる。
「それから、女装を初めたのよね。ふふふ。最初、めぐむは物凄く緊張してたのよね。買い物行くの」
「だって、それは仕方ないです! でも、今でも緊張はしますけど」
「嘘! こんなに自然体じゃない。もう女の子にしか見えないわ。あれ? そういえば……」
「なんでしょう?」
「めぐむって背が少し伸びたのかしら?」
「本当ですか?」
背が伸びたのだったら本当に嬉しい。
アキさんは、そうだ、と言って僕に提案する。
「また、採寸しましょうか?」
「はい、是非!」
僕とアキさんは、レストランを後にした。
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