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4-20 卒業

卒業式が終わった。 ついに高校生活が終わる。 終わってしまう。 僕とジュンは、体育館を出て教室へ戻ろうとしていた。 外を眺める。 桜の花はまだつぼみ。 咲くまでにはもうすぐかかりそうだ。 でも、頬をなでる風は暖かい。 もうすっかり春だ。 階段を上り、教室に入る。 「ねぇ、ジュン、雅樹と翔馬と記念撮影しようよ!」 最後のホームルームが終わり解散となった。 みんな名残惜し気に教室に残っている。 「いいよ!」 ジュンは言う。 「中庭で待ち合わせなんだ」 僕はカバンを持ち、ジュンと一緒に教室を出た。 廊下を進み昇降口へ向かう。 ここでも花飾りをつけた卒業生達が、最後の時を惜しんでたむろっている。 高校生活三年間の最後の日。 それぞれの思いがある。 僕にも、ジュンにも。 僕は、ふとジュンが最近部活の話をしていなかったのを思い出し、問いかけた。 「ジュン、オカルト研究会で集まったりするの?」 僕がジュンにそう尋ねると、ジュンは、 「夜にさよなら会を開いてくれるんだ!」 と嬉しそうに答えた。 オカルト研究会は、後輩が何人か在籍していて、しばらく解散の心配はないとの事。 さすが美映留高校一の伝統の部活。 僕は、口に手をやり小さな声で言った。 「ねぇ、例の体育倉庫のお宝。ちゃんと伝授はするの?」 雅樹はあの後、こっそりと返しておいてくれた。 借りたものは、ロープと筆とアイマスクだけだったけど。 ジュンは言う。 「もちろん。でも、ここだけの話。ボクはもっと凄い事を知っているんだ!」 恥ずかしそうで、でも得意気だ。 もっと凄いって……。 僕は、あの時の事を思い出して想像する。 あれ以上というと、鞭とかロウソクとか? それよりもっと凄い事? ジュンは、「どうしたの、めぐむ?」と不思議そうに僕を見た。 「いや、なんでもない」 僕は、慌てて首を振った。 変なめぐむ、とジュンはクスッと微笑んだ。 柔らかくて満たされたような笑顔。 僕はそんなジュンに質問を投げかけた。 「ジュン、先生とはこれからどうするの?」 「うん。僕が大学に行っても、これまで通りかな」 「そっか」 ジュンは、言葉を付け足す。 「片桐先生、大学の研究室に呼ばれるかも、って言っていたから、そうなったらいいのになぁ…」 僕は、ジュンの視線が一点を見て止まっている事に気が付いた。 ジュンの視線の先には、片桐先生の姿。 学校で見る最後の片桐先生の姿を、目に焼き付けているに違いない。 ふふふ。 ジュンは本当に幸せそうだ。 「ジュン、行こうか」 「えっ? う、うん。そうだね」 僕達は、靴を履き替えて中庭に向かった。 中庭でジュンと話して待っていた。 しばらくして、雅樹と翔馬がやってきた。 「ごめん、バスケ部の後輩と写真を撮ってたんだ」 翔馬が言う。 「いいよ」 僕とジュンは答える。 「じゃあ、さっそく写真撮ろっか?」 雅樹が言う。 みんなスマホを取り出す。 僕は、ふと、渡り廊下を歩く人物が視界に入った。 黒川さんだ。 雅樹が言うには、翔馬はまだ、黒川さんへ告白をしていないらしい。 翔馬にしては臆病だと思うけど、訳がある、と雅樹は話す。 黒川さんは、難関の美術大学の進学に思い悩んでいた。 翔馬は、志望分野はまるで違うけど、少しでも気が楽になるようにと、黒川さんの相談相手になっていたのだ。 二人は悩みを打ち明け、互いを励まし合う仲。 でも、翔馬はそれに乗じて告白はしなかった。 下心の為に相談相手になった訳じゃない。 フェアじゃないし、男らしくない。 翔馬は、そういう事を気にする男だ。 でも、黒川さんがその難関の美大に進学を決めた今、もう何もはばかる事はないはず。 「黒川さん!」 僕は手を挙げる。 黒川さんは、歩みを止めた。 そして、こちらに振り向く。 僕はすかさず翔馬に耳打ちをした。 「翔馬、黒川さんも一緒に写真とろうよ!」 「えっ、黒川さんも? ははは、まいったな……」 翔馬は照れながら言う。 「でも、そうだな……最後の記念だもんな!」 僕は、にっこりと頷いた。 翔馬は、手を振りながら、大声で叫んだ。 「黒川さーん、一緒に写真撮ろうよ!」 黒川さんを真ん中にして男達が取り囲む。 「私が入って、本当にいいわけ? 嬉しいけど……」 「もちろん!」 僕達4人は声をそろえて答える。 黒川さんはちょっと顔を赤らめた。 僕は自撮りのモニタを確認して言う。 「もうちょっと真ん中!」 翔馬と黒川さんは隣同士。 うん。 肩が触れ合う恋人の距離。 僕はにんまりと微笑む。 よし! 「じゃあ、撮るね!」 パシャ。 「ありがとう! そうだ、あなた達4人で撮ってあげよっか?」 黒川さんの提案に、僕達は顔を見合わせた。 「せっかくだから……お願いしようかな」 僕はスマホを黒川さんにあずけた。 黒川さんは、スマホを構え掛け声を上げる。 「じゃあ、いくよ。みんな笑って! はい、チーズ!」 パシャ。 「それじゃ、私はこれで……じゃあね」 黒川さんは、手を振り、またもと来た道へ引き返していく。 きっと、美術室に向かうのだろう。 僕達も手を振って見送る。 黒川さんが渡り廊下を渡り切ったところで、翔馬は突然言った。 「ごめん。みんな、ちょっと待ってて!」 翔馬は、黒川さんを追って走っていく。 「おーい、黒川さーん!」 振り返る黒川さん。 翔馬が追いつくと、二人は立ち止まり何やら話を始めた。 僕達3人は顔を見合わせた。 「ついに告白かも!」 二人は、しばらく話をしていた。 見た感じ黒川さんは、少し恥ずかしそうな表情と、落ち着きなさそうな手のしぐさをしているのが見えた。 少し経ってから二人は笑顔になって、またね、の手つきをした。 翔馬は戻ってきた。 息を切らして、はぁ、はぁ、言っている。 「いやー。告白しちゃったよ!」 一同黙って、次の言葉を待つ。 少しの間。 しびれを切らしてジュンが言う。 「で、どうだった?」 「うん。考えさせて、と言われた。どうも俺からの告白は意外だったらしい」 なるほど。 「まぁ、ノーじゃないのは脈があるのかもな!」 雅樹が言う。 「ともあれ、告白できてすっきりしたよ。なんか、ありがとな、めぐむ!」 翔馬が言う。 「僕?」 「あれ、気を使ってくれたんじゃないの?」 ウインクして僕を見た。 記念撮影は一旦落ち着いた。 雅樹は、僕に目くばせをする。 兼ねてから相談して考えていた告白をするためだ。 雅樹は言った。 「翔馬、ジュン。ごめん、お前達に告白したいことがある」 「なんだ?」 「なに?」 翔馬とジュンが聞く。 雅樹は、一機に言った。 「俺とめぐむは、実は付き合っているんだ。それも、ずっと前から」 翔馬とジュンは顔を見合わせる。 そして、一斉に吹き出す。 ジュンは「そんなの、ずっと前から知っていたよ!」と笑いながら言った。 翔馬は、「ずっと、秘密にするのかと思っていたけど、言ってくれて嬉しいよ」と言った。 今度は、雅樹と僕が顔を見合わせた。 嘘!? 知っていた……の? 雅樹は、「ごめんな」と頭を下げた。 「友達として、信用してなかったわけじゃないんだ」 翔馬は答える。 「いや、いいって。で、いつからなんだ?」 「本当は、入学してからずっとなんだよ」 「それはすごいね!」 雅樹の答えにジュンは驚きの声を上げた。 雅樹は、言葉を続ける。 「で、ちょっとな。いろいろ言いだしにくくて……」 翔馬は、雅樹の肩に手を添えて言った。 「わかっているって……俺たちにも迷惑がかかるかもしれないって思ったんだろ?」 翔馬の言葉に、僕と雅樹は、はっとした。 「図星か。雅樹、お前ってやつは、本当にそういうやつだよな」 翔馬は、やれやれという仕草をした。 ジュンは、僕の手を握り締めると、「大変だったね。めぐむ……」と優しく慰めるように言った。 僕も雅樹も驚いて言葉が出ない。 翔馬もジュンも、ずっと秘密にしていた事を怒るどころか、仕方が無かった事だと察して同情してくれる。 二人の優しさが胸に染みる。 こんな風に思ってくれる友達が他にいるだろうか? 僕は感動して、胸があついものが込み上げてきた。 喉が詰まり、涙が溢れる。 「翔馬、ジュン。ごめんなさい。そして、ありがとう」 僕は二人に頭をさげ心からお礼を言った。 「いつから気付いていたの?」 僕の問いかけに翔馬は答えた。 「うーん。ジュンはずっと前から気が付いていたらしいけどな。俺は、三校祭のあたりから怪しいなって思ってた」 ジュンが言う。 「だって、めぐむは、いつも雅樹のこと目で追っていたもん。ボクは去年の修学旅行の時にもしかしたらって思った。でも、確信したのは、翔馬と同じで、三校祭の時かな」 目で追っていた? 気を付けていたはずなのに……。 雅樹は、それを聞いて僕に「ほら!」と肘で僕をつついた。 ジュンがこっそり僕の耳元で言った。 「前に話してくれた初恋の相手って、雅樹のことでしょ?」 僕は、照れながら「うん」とうなずいた。 「うん、それで合点がいったよ!」 ジュンは言う。 「お幸せに!」 ジュンはにっこりして言った。 僕達4人は、そろって校門を出た。 いつもの通学路で、今までの思い出を懐かしみながら笑い合い、そして、将来の事を明日の予定を伝えるかのように話した。 まるで、明日も、明後日も、今まで通り、この4人で一緒に過ごすかのように……。 この4人は、全員、きっと、悲しい別れ方をしたくない。 そう思っているんだ。 だって、別れるなんて思っていないのだから……。 これからは、少し会える時間が減ってしまうけど、ずっと友達だってことには変わりない。 ああ、こんな風に思える友達を持てたこと。 なんて幸せなことか……。 「なんだ? めぐむ、しみったれた顔して」 「そうだよ。めぐむ。もう、会えないわけでもないし」 どうやら、僕は泣いていたようだ。 翔馬とジュンが僕の左右の肩を組む。 僕は、あわてて目尻にたまった涙をぬぐった。 「ごっ、ごめん。そんなんじゃないんだ……ちょっと、二人に言いたいことがあって……」 「ん? なに?」 「なんだ?」 ジュンと翔馬は僕の顔を覗き込む。 僕は、スーハーと深呼吸をした。 「僕の高校時代を一緒に過ごしてくれて、本当にありがとう。二人に会えなかったら、今の僕はなかったよ……」 ふと、雅樹と目があった。 雅樹は、優しく微笑んで、うん、と頷いた。 きっと、僕の気持ちを理解してくれている。 「毎日が楽しくて、充実していて、そして助けられて……僕は、どんなに二人には救われただろう……」 翔馬とジュンは、照れたように、ははは、と笑った。 「それは、こっちもだぞ、めぐむ」 「うんうん。ボクだってそうだよ。お互い様じゃん」 僕は、二人の顔を見つめる。 「これからも、一生、僕の友達でいて下さい……」 僕は、深々と頭を下げた。 「ぷっ。めぐむ、なんだよ、それ……俺は、はなっからそのつもりだぞ!」 「そうだよ。めぐむ。何を言うのかと思えば、そんなのあたり前じゃん。まったく!」 翔馬もジュンも、肩透かしに合ったかのように、ため息をついて言った。 涙が溢れる。 ああ、やっぱり、同じ気持ちでいてくれるんだ……。 僕の人生で初めて出来た何でも相談できる友達……。 親友と呼べる掛けがえのない友達。 零れ落ちる涙は嬉し涙。 だから、拭う必要なんてない。 僕は、顔を上げて満面の笑みで二人に抱き着いた。 ありがとう、翔馬。 ありがとう、ジュン。 これからも、ずっと友達だからね。 だから、さようならは、言わない。またね、翔馬、ジュン!

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