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4-21 めぐむ君の告白

卒業式から数日が経った。 ここは、豊門川(とよかどがわ)の河原。 大きな桜の木の下。 僕と雅樹はそのベンチに座っている。 桜は開花したばかり。 あと一週間もすれば満開だろう。 4月から僕と雅樹は親元を離れ、大学の近くで一人暮らしをする。 僕と雅樹は、今、引っ越しの準備で忙しい。 ゆっくりお花見ができそうもない。 だから、一足先に花見でもどうだろう? ということになった。 大学入学を決めた頃のこと、雅樹は言った。 「俺は一人暮らしをするつもりだ」 確かに通学に片道2時間は優にかかる。 僕も両親に相談した。 結果はと言うと、一人暮らしには反対はされなかった。 でも、雅樹と一緒に暮らしたらどうか、という事には反対された。 「喧嘩するたびに、家に帰ってくることになるわ……」 というのが、お母さんのアドバイスだ。 だから、雅樹とは別に部屋を借りることにした。 それなら、同じマンションにしよう、という雅樹の提案により、二部屋空きのあるマンションを探した。 そして、幸運にもいい物件に出会うことができたのだ。 雅樹は、前に一度、一人暮らしをしようとして叶わなかった。 だから、この一人暮らしはずっと心待ちにしていた念願なのだ。 「俺の部屋で一緒に暮らそう! めぐむの部屋は、荷物置きにすればいいんだからさ」 雅樹は、鼻息を荒げて言った。 でも、 「ご両親が見に来た時どうするの?」 と聞くと、確かにな。と考えこんだ。 ぽつりぽつり咲いている桜をみる。 まだまだ、これから。 いまの僕と雅樹みたい……。 僕達は、ベンチを後にして、桜並木を歩き始める。 すっかり春の陽気だけど、風は少し冷たい。 その風が、追い風となって、手を繋いだ僕達を、前に前に押しだすように吹き付ける。 僕は、少し伸びた髪の毛が風でなびくのを心地よく思いながら、雅樹の手の温もりを感じていた。 ふと、雅樹が僕に尋ねた。 「なぁ、めぐむ。引っ越しの準備はおわった?」 「家はだいぶ終わった。本は家においていくから、そんなに荷物はないんだけど、アキさんが餞別に、お店で借りていた服を譲ってくれることになって。それが結構あるんだ」 「そっか。おれも、まだまだだな……」 豊門川の方に目を向ける。 水面がキラキラと輝き、ゆったりと流れていく。 時間そのものが、ゆっくりと流れているよう……。 雅樹は、繋いだ僕の手に少し力を入れて話しかけてきた。 「なぁ、めぐむ。ここで見た桜。思い出すな」 「ん? うん。そうだね……」 2年生の春もここで花見をした。 この桜の景色は、あの時と何も変わらない。 でも、あの頃から僕は変わった。 すこし大人になったと思う。 雅樹と歩んだ高校生活の中で、僕は確実に成長した。 まず、自分の事が好きになった。 嫌で嫌でしかたなかったひ弱な自分。 でも、今では雅樹の事を自信をもって愛することができる。 自分のすべてをさらけ出して。 そして、不安な気持ちを抱え過ごしていた日々は、いつしか毎日が輝いて、前を向いて雅樹と歩いていく未来が楽しみで仕方ない。 そんな風に思える自分がいる。 ふふ……。 僕は、横を並ぶ雅樹の顔を見上げる。 きりっとした精悍な横顔。 雅樹、ありがとう。僕と一緒にいてくれて。 僕は、急に目頭が熱くなって、ちょっとうつむいた。 泣き虫だけは治らなかったけど……。 そんな僕に気が付いた雅樹が、僕の顔を覗き込む。 「どうした? めぐむ」 「なんでもない……」 僕は、慌てて目じりをこすった。 そして、誤魔化すように明るく言った。 「ねぇ、雅樹。僕達の高校生活で一番の思い出ってなんだろう?」 「ん? それは、付き合ったことじゃないか?」 「違う、違う。付き合ってからで」 僕の唐突な問いかけに、雅樹はちょっと考えこんだ。 そして、口を開いて答える。 「俺は沖縄旅行が良かったな……」 「沖縄ね。確かに良かったよね。ふふふ。雅樹は、思いっきりはしゃいでいたよね。めぐちゃんとかめぐみさんとか」 「そうだったか?」 雅樹は、手を頭にやって照れ笑いをした。 僕は、そんな雅樹をほほえましく見る。 「そうだったよ。でも、僕も嬉しかったからいいけど! 僕は修学旅行がよかったかな。伏見稲荷とか不思議な体験もあったし」 「おぉ、あれもよかったな」 雅樹は、腕組みをしてうんうんと唸る。 そして、「でもさ」と続ける。 「裸で一緒の布団に寝ていたのがバレたのはやばかったよな。アレは流石に焦ったな」 「うんうん。でも、あの時が一緒に一夜を明かした初めてだよね?」 「ああ、初めての朝ってやつだよな。あはは。とんでもない朝だったけど……」 「ふふふ。今だから笑い話だけど……ああ、そうだ、笑い話と言えば、出会った頃に一緒に遊びに行った海。あれも面白かったよね?」 「おう、あれな? あはは。思い出しただけでも笑えるな」 「うん。雅樹の隠すの大変だった! ふふふ」 僕達は、その後も、何が一番の思い出だったか二人が共有した時間をさかのぼりながら話し合った。 高校生を再び味わえるような素敵なひと時。 そして、一通りの思い起こしの末、結論に至る。 「あーん、やっぱりひとつには決められないよ!」 「そうだな、全部が一番の思い出だな!」 僕は雅樹の顔を見て、にっこりと微笑んだ。 雅樹も僕の顔を見て微笑む。 心が温まる。 ふぅ。 さて、今、この時……。 僕は、目を閉じて決心を固めた。 僕は、今日、どうしても雅樹に話しておきたいことがあった。 だから、ずっと話すきっかけを探していた。 今がちょうどその時。 僕は、そう思って話を切り出す。 「ねぇ、僕は、ずっと雅樹に言わなかったことがあるんだけど……」 「へぇ、偶然だな。俺も、ずっとめぐむに言わなかったことがある」 雅樹は手をだして、「先にどうぞ」と言った。 僕は話し始める。 「前に、小学校の時に憧れていた男の子の話をしたよね?」 「ああ」 雅樹は、頷く。 「その子、体育の時間、僕が倒れたのを保健室まで運んでくれたことがあって、僕は、その時から、その男の子が大好きになった」 僕は、目を閉じて、あの時のことを思い出す。 昨日のことのように思い出せる。 片時も忘れたことはなかった。 「ずっと、ずっと、思い続けて、その男の子と結ばれることができた」 目をゆっくりと開ける。 目の前には雅樹。 ああ、ついにこの時。 僕の告白。 受け取って、雅樹。   「雅樹、その男の子が雅樹なんだ。ずっと、ずっと、前から好きでした。雅樹」 雅樹の目をじっと見つめる。 僕を見返す雅樹の目は優しい。 「雅樹は僕のことなんか、忘れていたと思うけど……」 僕は、はにかみながら言った。 そして、トンっと雅樹の胸に額をつけた。 「ふぅ、やっと言えた」 ずっと、胸にしまい込んでいた思いを、やっと雅樹に届けることができた。 あの時の自分に言う。 ごめん、待たせたね。 でも、ちゃんと、言えたよ……。 ありがとう、お兄ちゃん。そんな、声が聞こえたような気がした。 しばらくして雅樹は言った。 「驚いたな。めぐむが、あのことを覚えていたなんて」 えっ? 僕は雅樹を見る。 「その話には続きがあって……」 雅樹の優しい笑み。 その口からは、僕の記憶にもあることが、発せられる。 「その男の子は、助けた子から、ハンカチを渡された。膝を擦りむいた傷口を拭くようにと」 雅樹は、ハンカチをポケットから取り出した。 「これ」 僕に差し出す。 小さい、子供用のハンカチだ。 そう言われてみれば見覚えがある。 「やっと、返すことができる。ありがとう、めぐむ」 雅樹は、僕にお辞儀をする。 ずっと抱えていた深い思いが、そこには詰まっている。 「めぐむは、忘れちゃったと思うけど……」 雅樹も、はにかんで言った。 僕はいつのまにか、目には涙が溢れ、涙が頬を伝わっているのに気が付いた。 嬉しい。 僕はうれしいんだ。 僕のことを雅樹はずっと思ってくれてたこと。 あの日の思い出。 僕の大切な思い出を雅樹もずっと大切にしていてくれたこと。 僕は両手で顔を覆い、涙が流れ止まるのを待った。 雅樹は桜を見上げて言った。いや、遠いところを見ている。 「中学に入って、付き合った娘がいて、その娘は嫌いじゃなかったんだけど、なにか違うと思っていた」 僕を見る。 「その時、小学生のときのめぐむの顔が浮かんだんだ。何事にも一生懸命に頑張るめぐむの顔が……」 雅樹は、僕の手を繋ぐと、ギュッと握りしめる。 「そして、俺は気付いた。めぐむを愛していたことに」 雅樹は続ける。 「だから、高校で、めぐむと再会した時は、びっくりした。しかも、めぐむの方から告白してくるし」 僕はうつむく。 あの時は僕も必死だった。 「正直、飛び上がるほど嬉しかった。でも、同時に、ものすごく不安になった。めぐむが不幸にならないように考えるのに必死だった。男同士だといろいろあるしな……」 うん。 確かに、そうだったよね。 今なら分かる。 あの時の雅樹の言葉は、そう、確かに僕への気遣いと優しさに満ち溢れていた。 「でも、めぐむのことを嫌い、って嘘をつくことはできなかった」 雅樹は、頭を下げる。 「最初、めぐむに意地悪をしたことを謝るよ。すまなかった」 きっと、雅樹はずっと引っかかっていたんだ。 僕は、にっこり笑って言う。 「雅樹、頭を上げてよ。大丈夫。知っていたから」 僕は繋いだ雅樹の手をぎゅっと握った。 ありがとう。雅樹。 「許してくれるかい?」 「もちろん!」 その時、春の風がざざざっと音を立て、二人を祝福するかように包み込んだ。 そして、その風はふわっと空高く吹き抜けていった。 僕は、すっかり心地よい清々しい気分になっていた。 新しい門出に何のわだかまりもない。 まっさらな自分。 雅樹と新しい一歩を踏み出すのに、こんなに相応しい事はない。 僕は、ふと雅樹の顔を覗き込むように言った。 「ねぇ、雅樹、もう僕達に隠し事はないよね?」 「ああ、もう一つあるよ」 「えっ? なに?」 雅樹は、僕の耳元でささやく。 「今すぐに、めぐむとキスしたい!」 クスッ。 「僕も!」 僕は、雅樹に飛びついてキスをする。 高校三年間。 いや違う。小学生の時から。 僕の支えになってくれて、本当にありがとう。 そして、これからも、ずっと、ずっと、よろしくね。雅樹! 僕は、甘いキスを交わしながら、心の中でそう何度もつぶやいていた……。 *「めぐむ君の告白」第四章&シリーズ完 *後書き 読んで頂き誠に有り難うございます。 これにて、「めぐむ君の告白」本編完結になります。 最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうござました。 蛇足になりますが、連載はもう少し続きまして、 次回、サイドストーリー4「グランドフィナーレ!」(全6話)をお送りします。 こちらは、めぐむ達が卒業した後のお話になります。 もう少しだけお付き合いください。

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