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4-22-4 グランドフィナーレ!(4)

次の撮影は野外。 ホテルの庭に設置されたテラスから、樹音公園を一望できる。 僕は、池から吹き上げる風を浴びながら、両手を広げた。 そして、包み込むように胸元にしまい込む。 ああ、なんて、気持ちがいいんだろう。 ざわざわと、木々の騒めく音。 耳を澄ますと、チッ、チッ、チッ、とどこかで鳥がさえずる声。 頬を撫でる風があまりにも気持ちよくて、バイト中だったって事をうっかりと忘れてしまう。 「めぐむ……」 ふと、雅樹が僕の名前を呼ぶ声が耳に入った。 僕は、振り返って雅樹の顔を見る。 雅樹は、僕の事をじっとみている。 「どうしたの、雅樹……」 雅樹は、僕に何かを言いたそうに佇む。 僕が、ニコッと微笑むと、雅樹は、「めぐむ……その……」と何か言いにくそうにもじもじした。 雅樹らしくない。 僕は、笑いながら、雅樹に近づいて、すっと腕をとった。 「さぁ、いこう! 撮影の人が呼んでいる」 「あっ、ああ……」 僕は雅樹の腕を引っ張りながら、こんなバイトならずっとしてたいな、って思っていた。 野外の撮影も順調にすすむ。 太陽の日差しがだんだんと強くなってきた。 休憩の合図があり、僕は、雅樹を連れ出して庭を散歩することにした。 こんな風にデートするのは久しぶり。 雅樹は、ぽつりと言った。 「翔馬とジュンは退屈しているんじゃないかな?」 「ああ、でも、大丈夫かも」 「えっ? どうして?」 「ほら、翔馬が今度行く古城って、出るんだって霊が。で、ジュンは話したくてうずうずしていたから」 「あはは。なるほどな。二人で盛り上がっているかもな」 「うんうん。ほら、京都でもそうだったもんね。ふふふ」 と、その時、聞きなれた声が聞こえた。 「あれ! めぐむ? めぐむじゃない!」 「えっ?」 僕が振り返ると、エレガントな服を身に纏った上品なカップルの姿。 よく見ると、僕達がよく知っている人だ。 「アキさん! それに、山城先生!」 僕は驚いてアキさんに、どうしてここに? と問うと、  「私達の家、すぐそこだから。ちょっと散歩してて……」 と返ってきた。 そういえば、アキさんの住まいは樹音公園近辺だった。 でも、『私達の家』かぁ……山城先生とは同棲しているってことだよね。 兄弟で恋人同士。 そして、休日は仲良くお散歩デート。 ああ、なんか素敵。憧れちゃう……。 僕の思いはさて置き、アキさんは僕のドレス姿を驚きの目で見た。 そして、可愛い、可愛い、と大はしゃぎ。 一方、山城先生は、冷静に腕組みをして言った。 「で、どうしたんだ、その格好。結婚するのか? お前たち」 「いいえ、違うんです。これには、わけが……」 僕は、これまでの経緯をかいつまんで話した。 山城先生とアキさんは、へぇと驚きながら聞いていた。 「なるほどな。代役で撮影のモデルか。大変だな」 「それにしても、めぐむ、とてもキレイ……なんか、涙が出てきた」 「ははは、アキは、めぐむの保護者みたいだもんな」 山城先生は、アキさんの頭をよしよしと撫でた。 すると、アキさんは子猫のような無邪気な笑みを浮かべる。 ああ、アキさん可愛いすぎる。 ムーランルージュにいるときのアキさんは凛としていてカッコいい。 でも、愛する人の前では、やっぱり可愛くなっちゃうんだ。 こんなアキさんも、僕は胸がキュンキュンして大好き。 それに、山城先生がアキさんを見る眼差しは柔らかく、愛情たっぷりなのが伝わってくる。 二人の一つ一つの仕草、表情、言葉が愛にあふれているんだ。 なんて、ステキなカップルなんだろう。 僕は、思わずつぶやく。 「アキさんと山城先生が代役をしたらもっと素敵だったと思います」 アキさんと山城先生は、真顔で互いの顔を見合った。 そして、アキさんは何を思ったのか、山城先生に飛びついた。 「うんうん、私もドレス着たい! ハルちゃん!」 山城先生は、困った顔で僕を睨む。 「おいおい、青山! 何を言い出すんだ! ほら、アキが変な気を起こすだろ!」 「すっ、すみません……先生」 僕が頭を下げると、アキさんは舌をぺろっと出して、「冗談よ! ハルちゃん!」と笑った。 「ちぇ……まったくアキは……」 山城先生のやれやれという困った表情があまりも可笑しくて、僕と雅樹は思わず吹き出した。 それを見た、アキさんと山城先生もつられて笑い始めた。 アキさんは、ひと笑いしたところで言った。 「ふぅ、おかしかった。でも、せっかくだから、私達も見学させてもらおうかしら……」 「そうだな。せっかくのお前たちの晴れ舞台だもんな」 二人の言葉に、雅樹は、「俺、主催の人に言っておきますよ。多分、大丈夫だと思います」 と手を上げて言った。 望月さんから、再開しますのアナウンスがあり、僕達はアキさん達と別れホテルに戻ってきた。 次は、いよいよチャペルでの撮影。 僕は、ウエディングドレスに着替える。 今後は、プリンセスラインのドレスでふんわりスカート。 お姫様っぽい雰囲気。 ところで、最初のドレスの時もそうだったけど、スタッフさんたちは、どうも僕が男だって思ってない節がある。 インナーもふつうに女性用だし、中に着用するパニエも、はいどうぞ、と当たり前のように手渡された。 メイクも、ファンデのノリいいですね、とか日々のスキンケアを褒められる始末。 「めぐむさん……あの……お胸のほうですけど……パッド多めにいれますね」 と、言われた時は、へっ?と思った。 普通に、貧乳気味の人に気を使っているような言い回し。 男だから、無いに決まっているでしょ、変な気を回さないでよ! と、言いたくなるけど……まぁ、しょうがない、とため息をついた。 ああ、今はそんなことより……。 僕は、どんどん綺麗な花嫁さんに変身していく自分の姿にすっかり心を奪われていた。 僕の着付けとメイクが終わり、スタッフさんと入れ違いで雅樹が入ってきた。 僕は、正面の大鏡に映る自分を見ながら、ハイテンションで言う。 「ねぇ! 雅樹、見てみて! すごい可愛いよ、これ!」 「おお、すごい。めぐむ、可愛いよ!」 声でわかる。 雅樹も、気に入ってくれたようだ。 僕は、鏡越しに雅樹の姿を見た。 あれ? 雅樹も衣装が変わっている。 今度は、黒のタキシード。 引き締まって凛々しく見える。 蝶ネクタイがとってもお洒落。 うん! こっちもいい! 「雅樹もすごくカッコいいよ! いいな、タキシード」 「そっか?」 雅樹は、すっと僕の横に並んだ。 鏡に映った新郎新婦を眺める。 うん。 お似合いのカップル。 「ねぇ、雅樹。でも、僕もタキシード着たかったな」 「うん、うん。きっと、タキシードのめぐむも可愛かっただろうな」 「やっぱり、そこは可愛いなんだ? カッコいいじゃなくて」 「そりゃそうさ」 「ふふふ」 僕は、雅樹の腕に手をすっと入れた。 ああ、本当に結婚するみたい。 テンションがメキメキと上がっていく。 僕が笑顔で、むふふ笑いをしていると、雅樹が声をかけてきた。 「なぁ、めぐむ、ちょっと聞いてくれ」 「ん? どうしたの? 改まって」 雅樹は、ひと呼吸おいた。 そして、僕の目をじっと見つめて言った。 「めぐむ。俺と、結婚してくれないか?」 えっ!? 何、突然。 これって……プロポーズ!? いや……まさか……ね。 ああ、そうか。 この格好だもんね。 このシチュエーションには合っている。 「いいよ!」と気軽に答えようとして思い留まった。 それにしては、真剣な口調だった……。 僕は、それを確かめるように雅樹に問いかける。 「でも……雅樹。僕達は男同士。だよ?」 「今更。そんなの関係ないだろう? 俺達」 雅樹は、僕の答えをじっと待っている。 雅樹の真剣な声。 それに表情。 ぎゅっと固めた拳。 ああ、これは冗談やお芝居をしているんじゃない。 本物のプロポーズだ。 僕と結婚したい……。 雅樹は、僕と結婚したいって言っているんだ。 嬉しい。 ああ、いてもたってもいられない気持ち。 僕は、本能の赴くままに答えた。 「僕の答えは最初から決まっているよ! もちろん、はい!」 「よっしゃ!」 雅樹は、嬉しそうにガッツポーズを決めた。 ああ、すごい。 雅樹と結婚するんだ。 一緒に生きていくパートナー。 生涯の伴侶。 僕は、この喜びを持て余して抑えきれない。 「雅樹、僕からもプロポーズさせて!」 「えっ? めぐむもか? そりゃあ、いいけど……」 「雅樹! 僕と結婚して!」 「ああ、もちろん! イエスだ。俺を幸せにしてくれよ」 「もちろん。ふふふ」 雅樹は、僕の体を引き寄せる。 「じゃあ、めぐむ、キス!」 「ちょっと、だめだよ。お化粧落ちちゃう……」 雅樹は、そのまま僕の唇に唇を重ねた。 んっ、んっ、……ぷはっ。 「はぁ、はぁ、雅樹、そんなに激しいキスしたらダメったら、あっ……」 再び口がふさがれる。 その時、部屋の外から人が入ってくる気配を感じた。 「オホン! お二人さん、お楽しみのところ悪いけど。そろそろ時間だ」 拓海さんは、僕達のキスをニヤリとしながら見ていた。

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