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scene01-07 ★

「っ、う……ん、ぁっ」  できる限り苦痛を与えぬようにという、大樹の気遣いが伝わってくる。  緩やかな抽挿が繰り返されるうちに、徐々に痛みが紛れてきて、快感の方を強く感じるようになってきた。 「あっ、ぅ――んっん……」  口からは異性のそれのような甘い嬌声が零れ落ち、自分の声とは到底思えなかった。  繋がった部分から体が蕩けてしまいそうな感覚も相まって、自己を必死に保とうとシーツをぎゅっと握り締める。  すると、覆い被さるように大きな手が重ねられた。 「ずっとこうしたかった」  手と手を重ね、荒い息をしながら大樹が身を横たえてくる。ちょうど抱きしめられるような体勢になって、繋がりが深くなった。  その状態で腰を送り込まれれば、強すぎる快感が波のように押し寄せてくる。  抑えられていた動きが突き上げへと変わり、内壁を擦られるたびに誠の体はビクビクと震え、理解が追い付かぬまま高められていく。 「あっ、ん……あ、ぁんっ」 「好きだよ、誠。好きだ……」  最奥への突き上げは激しい彼の感情を表しているようで、繰り返される愛の囁きはあまりに辛そうな響きをしている。そのことに気づくと、つんと目頭が熱くなった。 (こんな感情、一人で平然と抱えていられるわけがない。コイツは、今までどんな気持ちでずっと傍にいたんだろう。今までどんなに悩んで……)  涙が伝うのを感じながら快楽に身を任せていると、大樹が動きを止め、心配そうな表情を浮かべて上体を起こす。  溢れる愛おしさにまた涙し、誠はその瞳を見つめた。 「好き――」  ありったけの気持ちを込めて続ける。 「俺は大樹の特別になりたいし、大樹が俺の特別であってほしい。大樹と一緒の“特別”がいい」  言いながら、手を裏返して指を絡めるように手を繋いだ。  こうして手を繋ぐなんていつぶりだろうか。物懐かしさを感じて、甘酸っぱい気持ちで胸がいっぱいになった。 「頼まれたって、もう手離してやらないから」  嬉しそうに大樹が笑いながら言って、対する誠も笑顔を浮かべる。 「それは、こっちのセリフだっつーの」  ねだるように目をつぶって顎を上げると、すぐに口づけが落とされた。軽く何度かキスを交わしたあと、抽挿が再開されて一気に高みへと追い立てられる。 「んっ、や……あぁ……っ」  手を繋ぎながら揺さぶられ、愛情と欲情とで、頭が真っ白になっていく。  一度精を放った自身も、痛いくらいに再び膨れあがっていて限界が近かった。 「あっ、ン、なに、これっ……あぁっ、イきそぉ……」 「誠、一緒に――」 「あ……ああぁ……っ」  後押しされるように深く穿たれた瞬間、誠は大きく背を仰け反らせて欲望を爆ぜさせる。そして、体の奥でドクンッと脈打つ感触とともに熱が注ぎ込まれた。 「……誠」  大樹が深く息を吐き出して肌を密着させてくる。抱きしめ合い、ドクンドクンという二人の速い鼓動が重なった。  体は汗や精液でまみれており、気持ち悪いはずなのにどこか心地よく、今はただこうしていたかった。 (また一つ気づいた。幸せだって感じるとき、いつも大樹が傍にいるんだ)  抱きしめる腕に力を込める。自分が感じている幸せが彼にも伝わるように、と。     ◇ 「起きろ、バカ犬ッ!」  耳に響く一喝とともに目が覚めた。  朝の眩しい光を感じつつ視線を動かすと、仏頂面でシーツを持った大樹が視界に入る。いつの間にかベッドのシーツが引き抜かれており、誠の体もベッドから落ちかけていた。 「……さすがに強引じゃね?」 「今日は天気もいいし、シーツ洗いたいんだよ」  大樹の言葉に、窓に広がる外の景色を見やる。空が青く晴れ渡っていて、桜が街をピンク色に染めている――うららかな春の日和だった。 「ん、確かにいい天気だよね」  適当に流して《春眠暁を覚えず》とばかりにベッドに戻ると、大樹が苛立たしげに舌打ちをした。 「どうしてそうなる」 「あと五分」 「漫画か」 「世話焼きな幼馴染がいる時点で、もう漫画だろ?」  などと言うと、深いため息が聞こえた。  続いてベッドが軋む音、小さく名を呼ぶ声。そして、ちゅっという軽く唇が重なる音。 「~~ッ!?」  ワンテンポ遅れて、ガバッと勢いよく跳び起きる。かさついた唇に濡れた感触があった。 「なっ、なな……」 「こっちの方が有効らしいな」  目先の男は涼しい顔で言う。こちらがびっくりして固まっていれば、さらに追い打ちで、 「まだ起きてないなら、もう一回するけど?」 「起きてるよ! 起きてるもんねっ!?」  体を起こして身支度を始めると、大樹はフッと笑って部屋から出て行く。 (こんなのが毎日とかシャレになんないし、できる限りちゃんと起きよ……)  春になって新年度がスタートしていた。  大学生になった誠たちは2DKのマンションでルームシェア――ちなみに両親は世話がないし、安心できると万々歳――を始めたのだった。  ともに都内の私立大学であるK大学に通い、人文学部と法学部で学部は違うが、映画研究会という同じサークルに所属することになった。  新しいことだらけでまだ慣れない日々が続いているが、これからのキャンパスライフに誠は心を躍らせていた。 「飯冷めるぞー?」 「はーい、今行くって!」  大樹の呼びかけに応えて部屋を出る。  本当に自分の頭は都合よくできている――特別な人が傍にいるだけで、何気ない日常も素敵なことに思えるのだから。  改めてそう感じ、小さな幸せを一つ一つ噛み締めながら、誠は今日も笑うのだった。

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