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scene03-03
二次会という名の映画観賞会を終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
「送ってくれてありがとね」
たおやかな笑みを岡嶋が浮かべる。
報われぬことをしているとは思うものの、飲み会後はこうやって彼女を送るのが決まりになっていた。
彼女の自宅は閑静な住宅地にあるのだが、駅周辺はネオンの眩い繁華街となっており、一歩路地を入れば当然の如くいかがわしい店が立ち並ぶ。
下心と言えばそれまでだろうが、そういったものに対する懸念があるのも確かだった。
「別に当然のことだろ。今日は特に遅くなったし、女一人に夜道歩かせるワケにはいかねーじゃん」
「ふふっ、獅々戸くんって意外と紳士よね。髪染めたりピアスつけたり、チャラくなったな~って最初は思ったものだけど」
うっせ、と返しつつ、隠すように己の左耳に触れた。そこには小さなスタッドピアスが付いている。
(若気の至りっつーか)
通っていた高校が、生徒の自主性や自己管理力を重んじる自由な校風だったので、髪を金色に染めてピアス穴も開けた。
どちらも単なる格好つけであり、不甲斐ない自分を隠すためだ。いざ指摘されると恥ずかしいものがある。
「そんじゃ、俺行くから。あんま夜更かしすんなよ」
「うん、おやすみ。気をつけて帰ってね」
別れの挨拶を交わして駅方向へ歩き出す。自宅の最寄り駅はここから三駅先だ。
終電までは余裕があるし、ゆっくり歩いても大丈夫だろう。いや、近道をすれば、一つ前の電車に間に合うかもしれない。そう考えて路地裏を進んでいく。
(なんだ?)
駅のロータリーが見えたところで、若い男の怒号が聞こえた。
何かと思えば、辺りに視線を巡らせるまでもなく、いかにも不良といった数人の男子高校生が目についた。
その中に一人だけ風貌の違う小柄な少年がいて、おどおどとコンビニエンスストアのビニール袋を広げている。このご時世に、珍しいことをする輩がいたものだ。
「チッ、おっせーんだよ!」
不良の一人が、少年に凄みを利かせた。
周囲にぽつぽつと人はいるが、みな素知らぬ顔をして通り過ぎていく。
玲央はため息をついて不良グループに近づき、大声を出すことにした。
「おいコラァ! 何してンだよテメェら!」
突然の声に彼らはビクッと体を強張らせるも、逃げることなくこちらを睨んでくる。
「んだテメェ! すっこんでろ!」
「ああン!? ガキがこんな時間まで出歩くなっつーの!」
返ってきた怒号に少したじろぎつつも、続けて声を張りあげて、手っ取り早く駅員あたりが駆けつけてくれればと思った。
ところが状況は依然として変わらず、これは警察に通報するしかないとスマートフォンを取り出して――ギクリとする。バッテリーが無かった。
そのことに動揺したせいか、隙をつかれ胸をドンッと強く押される。玲央は思わずよろけて、壁に背をついた。
(おいおいマジか! どうしてこうなるんだよ!?)
「どんな目に合うかわかってンのか? ニーサンよお」
不良の面々が取り囲んでくる。
喧嘩は多少なりとも経験があるが、相手が三人ともなれば分が悪い。気づけば、脅されていた少年も消えているし、貧乏くじを引いたかもしれない。
じわりと背筋に嫌な汗が伝わって、どうしたものかと考えている間に胸倉を掴まれた。
「なんとか言えや! このタコ!」
一番屈強そうな不良が拳を上げる。
(顔はマズい! まだリテイクだって確認してねーのに!)
玲央は自分の身よりも、映画のことを考えていた。
映画はチーム一丸となって作りあげるものだ。それぞれができる限りの力を発揮して、仕事を請け負っているのに、消化不良で完成させるなんて許せなかった。
動機こそ不純なものだったが、今では映研のことが心底気に入っているし、思い入れや熱意だって十二分にある。
「クソッ!」
咄嗟に両腕で防御の体勢をとる。
重い衝撃がくる。……そう予期していたのに、何故かこなかった。
恐る恐る見てみれば、振りあげられた腕が静止していた。
(えっ)
遅れて状況が頭の中に入ってくる。
不良の腕は、突如として現れた長身の男の手によって掴まれていたのだ。かと思いきや、男は円を描くように不良の体をさばく。
(ヒーローだ……)
率直にそんな感想が出た。
見惚れるようにぼうっと呆けていると、男は不良たちに対して忠告をする。
「今、駅員さんが警察呼んでるみたいだよ。面倒なことになる前に逃げちゃったら?」
その言葉に、不良たちは漫画のような捨て台詞を吐きながら去っていった。
残されたのは、玲央とヒーローの如く現れた男。ここで見知った相手だと気づく。
「大丈夫でしたか?」
男は、後輩の藤沢雅だった。
「お前、この辺りに住んでたのか。うわ、助かったわ……サンキュな」
「あははっ、ハッタリがバレなくてよかったです。獅々戸さんが殴られるとか見過ごせないんで、焦っちゃいました」
「クッソ、カッコいいなお前」
などと、ほっとしたのも束の間。すっかり頭から抜け落ちていたことがあった。
「って、やべ! 終電!」
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