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scene06-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(4)★
今日は十二月二十四日、クリスマスイヴ。
だが、朝から何一つ穏やかではない。戌井誠は噛みつくように声を荒らげた。
「なんで、こんな日にバイトいれてんだよっ!」
視線の先には、テキパキと食器洗いをしている桜木大樹の姿がある。
朝食を終えてダイニングでテレビを見ていたところ、何の気なしに今日の予定を訊くと「バイト」と一言返され、今に至るのだった。
「誠は頻繁に仕送りしてもらえるからいいけど、こっちはそういかないんだよ」
大樹は幼い頃に母親を亡くしていて、父子家庭である。彼の家庭事情は昔からよく知っているし、そう言われると何も返せなくなってしまう。
(でも、こんな日くらい空けといてくれてもいいのに)
残念だとは思うが、ちゃんと説明されれば仕方ないことだと受け入れられるし、そこで再び文句を口にするほど子供ではない。
ただ、どうにも顔には出てしまうもので、誠の頬はぷくっと膨らんでいた。
「テレビでも見よ……」
大樹が自室に入ったところで、再びテレビへ目を向ける。ワイドショーではちょうどイルミネーションスポットの特集が組まれており、誠の機嫌をまた悪くさせるのだった。
(ちぇっ、いいなあ)
それからしばらくして大樹が部屋から出てきた。ちらりと見てみれば、彼はスーツを着ていた。
「なんのバイト?」
「模試の試験監督」
「ふーん。受験生はクリスマスも正月も関係ないんだな」
「俺たちだって、去年はそうだったろ」
ああそういえば、と言われて思い出した。
第一志望の大学――ちなみに進む大学を具体的に決められず、母親の母校だからという理由でK大学を選んだ――が、偶然にも大樹と被ったので、死にもの狂いで勉学に励んだのだった。
「まあ、なんにせよお勤めごくろーさん……ってコトで頑張ってきてよ」
「頑張るのは受験生だ。それと昼飯はおにぎり握っといたから、昨日のおかずと一緒に温めて食ってくれ」
「ん、サンキュな」
気をつけてはいるものの、先ほどから端々に拗ねる色が混じってしまう。
そのことに気づいたらしい大樹が目の前にやってきて、頭をくしゃりと撫でてきた。
「そんな顔するなよ。クリスマスなら明日だっていいだろ?」
「う……」
「今日だって、夕飯前には帰ってくる。帰りにチキンとケーキ買ってきてやるから許せ」
「ホント? 俺、ケーキはチョコのが食いたい」
「はいはい」
「『はい』は一回にしろよ」
自分がよく言われている言葉を口にすると大樹は苦笑し、返事一つして唇を重ねてきた。
小さく音を立てて合わさったと思えば、すぐに離れていき、名残惜しさに誠は自分からキスをする。
「……いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる。ちゃんと留守番してろよ」
そして、気を取り直して大樹のことを見送ったのだった。
昼食を済ませ、暇を持て余した誠は、部屋の掃除をすることにした。
ついでにダイニング、大樹の部屋と掃除機をかけようとするのだが、そんなことをせずとも綺麗な環境が整っており感心してしまう。
(俺とアイツってどこで差がついたんだか)
少し休憩を、と思って大樹のベッドに腰かける。
彼の匂いを感じてそのまま横になるなり、すんすんと鼻を鳴らした。
(いい匂い……)
誠は昔からこの匂いが好きだった。
高校時代はよく大樹の家に泊まったものだが、ベッドに寝転がると、決まっていつの間にか寝てしまっていた。それほどまでに落ち着く匂いなのだ。
ところが、今はどこか別の感情がある。思い切って枕を嗅げば胸の奥がじんと疼いた。
「大樹」
寂しさも相まって、やり場のない情欲が段々と頭を支配する。
下腹部に熱が集まるのを感じて手を伸ばすと、自身がわずかに主張し始めていた。そこを優しく撫でれば、徐々に硬さを増していく。
(ヤバい、我慢できないや)
スウェットを緩めて下着の中から昂ぶりを取り出すと、ぎゅっと手で握り締める。根本から先端の方まで、全体的にゆっくりと刺激を与えていった。
「ん……」
正直なところ、以前はこういった物事にあまり関心がなかった。
健全な男子として自慰行為は定期的にしていたが、何かに欲情してといったことは、思いつく限り皆無だ。
男の性として当然の、一般的な義務感があったのに――今では浅ましく彼のことを求めて欲情し、己を慰めてしまっていた。
「……っ、う、ぁ」
熱っぽい大樹の顔、低く優しい声、熱い体温、愛撫する手や口の感触……脳裏に浮かぶ光景に、切なさが込み上げてきてシーツを掴む。
こんなことをしてはいけないという背徳感が脳を刺激するが、それも少しずつ快感へと変わっていくのを感じた。
(違う、大樹のはもっと)
相手の方がずっと、自分の良いところを知っているのがもどかしかった。
それでも夢中になって扱くと、腰が甘く痺れてきて、むず痒いような感覚が広がっていく。ただ欲望を解放したい一心で、その後もひたすらに手を動かした。
「ん、ふっ……だいきっ、も、イク……っ」
行為を続けるうちに、脳天まで突き抜けるような快感が押し寄せてきて、ティッシュを手に取るなり亀頭を覆って射精する。
ぐったりと全身の力を抜けば、達したあとの気怠さが一気にやってきた。
(なにやってんだろ、俺……)
息を吐きながら衣服を元に戻し、枕に染み付いた愛しい匂いを再び嗅ぐ。
瞼が重くなるのを最後に感じたのだった。
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