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intermission 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(EX2)
落雷が一番多い時期はいつかというと、間違いなく夏場だろう。
日本海側では冬場の方が発生しやすいという傾向があるが、太平洋側に属する地帯で冬季雷は珍しい現象のはずだ。
こんな時期に落雷なんて起きるわけがない。玲央もすっかり油断していた。
「っ……」
雅の部屋に泊まることになったある日の晩、突然それはやってきた。
雷鳴が轟いて地震のように室内を揺るがす。それから、ざあっと叩きつけるような大雨が降りだした。
「わ、ビックリした……ずいぶんと季節外れですね。予報にもなかったのに」
遮光カーテンを細く開けて、雅が外の景色を見る。カーテンの隙間から稲妻がカッと閃くのが見えてすぐ、腹にずんと響く轟音がした。
「………………」
ベッドに腰かけていた玲央は身を縮こませる。
(こんなの聞いてねーぞ!?)
予期せぬ事態にちょっとした混乱状態に陥っていた。玲央は軽度の雷恐怖症だ。
滅多なことでは大事に至らないと理解していても、雷が落ちたときの地響きにも似た重低音が苦手で、体が強張ってしまうのだ。
夏場は念入りに気象情報をチェックして心の準備をしておくのだが、今回は完全に不意打ちだった。こうなってしまうと、何も手がつけられなくなる。
「獅々戸さん?」
玲央の異変に気づいたのか、雅が首を傾げて声をかけてきた。
「は? な、なんだよ」
「もしかして……雷、怖いんですか?」
「こっ、怖くなんかねーし!?」
そのとき、一際凄まじい雷鳴が鳴り響いて、部屋の電気がパッと消えた。
「――ッ!?」
玲央は声が出ないほどに驚く。心臓がバクバクと苦しいくらいに鼓動して、嫌な汗がじわりと浮かんだ。
「あちゃ、停電だ」
一方、雅は落ち着いていて、LEDランタンを取り出すなり明かりを灯した。
そして、スマートフォンを見ながら「すぐに復旧すると思うんですけど」と、隣に腰を下ろしてくる。
「やっぱり、この一帯停電しちゃってるみたいです」
「そ、そーかよ」
「獅々戸さん」
名を呼ばれたかと思うと、暖かな感触が降ってきた。
「え……」
気がつけば、頭からすっぽりと掛け布団に包まれている。その上から優しく抱きしめられた。
「怖いものは怖いって、言ってくれていいです」
「べべ、別に俺はッ!」
また大きく雷が鳴ってビクッと肩が跳ねてしまう。幾分音は遮断されたが、やはり恐怖感は拭えない。
「大丈夫ですよ、獅々戸さん」
大丈夫、と雅が繰り返して強く抱きしめてくる。胸元に引き寄せられれば、穏やかな心音が布団越しに聞こえてきた。
「悪い。大の男が情けねーよな……」
やや気分が楽になったところで、小さく言葉にする。恥ずかしくて仕方がなかった。
こういったとき、周囲からはよく笑いの種にされてきたのだが……、
「そんなことないです」雅が微笑む気配がした。「俺だって、昔からオバケの類が苦手ですし」
「え、マジ?」
「はい、マジです。心霊系の番組見たあと、お風呂入るのとかちょっと怖くて。頭洗ってる間に何か出てきたら嫌だなーとかって、ビクビクしちゃいます」
「……意外だな」
「あはは、誰だって怖いものは一つや二つあるに決まってます。あっ……でもこれ、みんなには内緒にしておいてくださいね?」
茶目っ気たっぷりに言われて、思わず苦笑する。
(コイツのこーゆートコ、好きだな)
ごく自然にそう考えてしまってドキリとした。頬が熱くなって、また知らぬうちに彼に惹かれている自分に気づく。
嫌な音を立てていた心臓は、いつの間にかトクントクンと心地よい鼓動を刻んでいた。
「藤沢。その、サンキュな」
素直に礼を言うと、雅は声の調子を元に戻した。
「少しは落ち着きましたか?」
「ああ。けど、お前には情けないトコ見せてばっかだな」
「だとしても、俺にとっては、ずーっと憧れで大好きな先輩ですよ」
「物好きなヤツ」
広い胸板をコンッと拳で小突いてやる。まだ雷は鳴り止まないが、そのようなことができる程度には平常心が戻ってきていた。
「あ、そうだ。音楽でも流しましょうか? ヘッドホン出すんで」
「いや、このままでいいって」
席を外そうとする雅のことを止める。今は少しも離れたくない気分だった。
「その代わり、なんでもいいから話せよ」
そう言葉を付け足すと、
「獅々戸さんの髪……いい匂いがして、ちょっとムラムラしちゃってます」
「は?」
「シャンプーかな、それともワックスかな。フローラル系ですごく……」
頭上に顔を近づけられる。すん、と小さく鼻が鳴った。
「こ、この変態野郎ッ! どうしてそうなんだよ! 話って、もっとなんかあんだろ!?」
「ええっ、なんでもいいって言ったじゃないですか?」
「バッカ! お前、マジでそーゆートコだかんな!?」
「ああでも、こんな状況ではさすがに手を出さないので安心してください」
「ったり前じゃボケ!」
そんなやり取りをしているうちに電気が復旧して、雷も遠ざかっていく。あとはもう、いつもの二人の姿があった。
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