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scene07-02
大樹本人が言うとおり、確かに食欲はあったらしい。よそわれた分の雑炊をぺろりと平らげて薬を飲むと、ほっと安らいだような表情を浮かべていた。
誠も食事を終えて、安静にしているようにと再度言いつけて立ち上がる。
だが、部屋から出ていこうと思ったところ、ベッドから手が伸びてきて服の裾をきゅっと掴まれた。
「大樹?」
見やると、大樹は無意識の行動だったのか目を丸くさせていた。それから「悪い」という呟きとともに手を下げ、壁に向かって寝返りを打つ。
(こーゆー大樹って珍しいし可愛いけどさ、やっぱ調子狂うんだよな)
などと考えながら、誠は大樹の布団に潜り込んだ。
「寝付くまで添い寝してやろーか」
「風邪うつるだろ」
「バカだから風邪ひかねーもん……つか、詰めてよ。こっち狭くて落ちる」
言いながら大樹の背を押す。気を利かせてスペースを作ってくれたので、寄り添うように横になった。
「懐かしいな」大樹が呟く。
「なにが?」
「小学生の頃もこんなことがあった。あのときも、誠が『バカだから風邪ひかない』とか言って家に来てくれたんだ」
「ああー。そーいやお前が寝込むような風邪ひいたのって、アレ以来か」
「お互い、体は丈夫な方だからな」
学童保育をやめて、家の鍵を持たされた頃の話だ。
担任から渡されたプリント、隠れて持ち帰った給食のパン、買ってもらったばかりの漫画……そんなものを見舞いの品として、大樹の家に行った記憶がある。
「今思えば、見舞いってゆーか……単に遊びに行っただけだよな」
「そうだとしても、一人で心細かったから嬉しかった」
「………………」
大樹の家の事情は、出会ったばかりの頃から親に教えられて知っていた。
同情心から来るようなものではなく、純粋に寂しげな背中を見ていられなくて、よく声をかけてはあちらこちらへ連れ出していたのを思い出す。
自分が隣にいれば、大樹のそういった負の感情が飛んでいくのではないかと、子供ながらに思っていたのだ。
(いつも手を引いてやって、弟がいたらこういった感じなのかも……とか考えてたっけ)
それが今では、と自分よりもずっと広くて大きな背に意識を向ける。いつからだろう、こちらが追いかける側になっていたのは。
「お前がそんなだとつまんねえし……はやく元気になれよ、大樹」
愛おしげに体を密着させて、口にしたのだった。
◇
翌日、キッチンから聞こえる音――包丁のトントン、フライパンのジュワーッといった朝食を用意する音だ――で、いつものように誠は目を覚ます。
瞼を開けたら大樹の部屋だった。大樹が寝付くまで添い寝するつもりが、いつの間にか眠りこけていたらしい。
「大樹?」
隣を見れば、そこはもぬけの殻だった。
いや、そもそも先ほどから聞こえていた音は――跳び起きるようにして部屋を出る。案の定、キッチンには大樹の姿があった。
「なっ! なんでそんなことしてんだよ!」
「風邪なら治った」
オムレツやサラダの乗ったワンプレートを食卓に並べながら主張される。バターと卵の匂いに刺激されて思わず腹が鳴ったが、ここで騙されるわけにはいかない。
「ホントに? またやせ我慢してんじゃねえの?」
疑いの眼差しを向ける。すると大樹は前髪を手で上げて、額と額をくっつけてきた。
「熱、もうないだろ?」
「あ……ぅ……」
間近で目が合い、予期せぬ出来事に口をパクパクさせることしかできない。それを見て、大樹はククッと笑い声を漏らした。
「お前の方が熱あるな」
「ッ! 大樹のバーカ!」
やっとのことで言って、突き飛ばす。
すっかりいつもの様子だ。安堵すべきなのだろうが、このようなことをされては安堵なんてできるわけがない。
(前はこんなのフツーにしてたのに! なんだよもうっ!)
頬はすっかり火照っていて、ますます彼のことが特別な意味で好きになっている自分に気づかされる。ほんの少し前まで色恋に関心を示さなかったというのに。
「誠が看病してくれたおかげだ。ありがとな」
「どどっ、どういたしましてっ!」
(……俺って、こんな乙女モード全開になれるヤツだったんだ!?)
微笑んで感謝の意を伝えてくる大樹の顔を直視できず、真っ赤な顔で狼狽えるのだった。
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