41 / 142
scene09-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(4)
心地よい春の陽気を感じる、四月下旬。
風の暖かさや花の盛りに人の心は浮き立つというものだが、藤沢雅の心はどこか晴れず、他ならぬ獅々戸玲央の存在が頭を悩ませていた。
(覚悟のうえだろうし、玲央さんの夢は純粋に応援してる。だけど……)
大学と俳優養成所というWスクールに、学費を稼ぐためのアルバイト。玲央の生活は大きく変化し、それにともない二人で過ごす時間も激減した。
特に、ここしばらくは夜しか予定が合わず、ファミリーレストランで夕食を食べ、気になっていた映画をレイトショーで見て、自宅に連れ込んでそのまま……という具合だった。
雅としては別段文句はないが、一つ気になるのは、いつまでこの関係が続くのかということだった。
「藤沢? どうした?」
玲央の声で我に返る。
ネオンきらめく繁華街を二人で歩いていたところだった。デート中にも関わらず考え事をして、ついぼんやりとしてしまったらしい。
「すみません。ちょっとボーっとしちゃっただけです」
平静を装って笑い、今しがた観賞を終えた映画の話題でも振ろうと思ったとき、
「あっれえ? しーちゃん?」
「うげッ」
前からやってきた軽薄そうな男が足を止め、玲央がギクリとした。
雅の知らない男だ。ウルフカットスタイルの赤髪がやたらと印象的で、まるでホストのような派手な服装――ジャンルでいうと俗にいう《お兄系》や《渋谷系》に属する――も相まって野生的な印象を受けた。
「こんなとこで会うなんて奇遇じゃ~ん!」
「バッ、馴れ馴れしいわボケ! おいコラッ、離れろウゼェ!」
肩に腕を回されて玲央がよろける。腕を振り払うも、なおも相手の男は玲央に手を出そうとしていた。
(俺だってそんなことしないのに。人前でベタベタすると、玲央さん嫌がるし)
胸がチリッと焼けつくように痛む。
つい割り込みたくなってしまったが、思い止まって自重した。単なるスキンシップの範疇だろうし、玲央もあまりいい顔をしないだろうことは容易に想像がつく。
それからやっとのことで男を押しのけた玲央は、雅の視線に気づいたらしく、気まずい顔をした。
「えっと、藤沢。一応紹介しておくと、コイツは宮下真司つって単なる養成の同期」
「どーもー、俳優志望仲間の宮下でっす」
ここにきて初めて目を向けられ、ムッとしつつも話の流れで仕方なく自己紹介する。
「藤沢です。獅々戸さんは大学の先輩でして、いつもお世話になってます」
「え? ……ってことは後輩? 背ェでかいな、俺とそんな変わんねーじゃん。つーか、しーちゃんが小っちゃいのかっ」
けらけらと宮下が笑い、玲央は「俺は標準的だ!」と彼を睨みつける。疎外感を感じざるを得ないやり取りだった。
二人はいつもこんな調子なのだろうか――雅が考えていたところ、「それはそれとして」と宮下が切り出した。
「今からどっか行くの? せっかく会ったんだから飲んでいかない?」
対する玲央は、心底嫌そうに眉をひそめる。
「はあ? お前に付き合う義理とかねえだろ」
「しーちゃんってば冷たいっ!」
「うっせ、俺様は忙しいんだよっ」
早々に話を終えて、玲央が宮下の横をすり抜けていく。そのことを嬉しく思いつつ、雅もあとを追った。
ところが、宮下はしつこく食い下がってくるのだった。
「もう少し優しくしてくれてもいいじゃ~ん、同期なんだからさあ」
「ついてくんなッ!」
歩くスピードを速めた玲央は、信号機が赤に変わったところを一人で渡ってしまう。ちょうど雅と宮下が二人取り残されて、信号待ちする形になった。
居心地の悪さを感じていると、クスクスという笑い声が隣から聞こえてくる。
「赤信号で渡るのよくないのにねえ、後輩君」
含みを持たせた呼び方に、ちょっとした苛立ちを覚えた。
いや、むしろ生理的嫌悪さえ感じる。このどこまでも軽そうな男とは、根本的なところで合わない気がした。
(この人、嫌だな)
早く青に変わらないだろうかと信号機を見つめる。そんな雅に、宮下が薄っぺらい笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「後輩君ってさ、しーちゃんと付き合ってたりするの?」
ともだちにシェアしよう!