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scene09-02
予想だにしなかった問いかけに戸惑う。
「ど、どうしてですか」
「ハハッ、なにそれ露骨すぎ~。……いや、ね? 最初に見たとき、かなりくっついて歩いてるなって思ってさ。あれ、俺ならとっくに突き放されてる距離」
どうも気に障る物言いしかできないらしい。ふつふつと雅の心に反発心が湧いてくる。
「そういった関係であることは否定しませんけど」
「あ、フツーに言っちゃう人なんだ。でも、そんな言い方するってことは遊び?」
「遊びじゃありません。俺は真剣です」
「あー、ちゃんとした返事もらえずにヤッちゃってるカンジか」
「!」
ドクンッと心臓が脈打ち、異物を含んだドロドロの血液が体内に循環する錯覚を起こす。
言い返せないでいると、宮下は冷ややかに意地の悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺が付け入る隙もあるってことだ」
「……は?」
「ちょうど狙ってたんだよね。プライド高いわりに超がつくほど繊細でさ、ああいうのってプライドも何もかもズタズタにされたい~って隠れドMが多いんだよね」
「なに、を……」
思わず絶句してしまう。何か言葉にしようと思うものの、すべてが喉奥でつっかえて形にならない。
宮下は気にも留めず、なお続ける。
「俺、そーゆータイプ好きでさあ。泣かせるようなコトしたらどんなに気持ちいいんだろう、って想像するだけでヌけるし」
「……こんなところで、なに言ってるんですか」
どうにか出せた声は自分でも驚くほど低く、そして震えていた。
「ごめんごめん、全然気にしない性格だから。やだなあ、怖い顔しないでよ」
「獅々戸さんを変な目で見るの、やめてくれませんか」
「ハ、なにそれ彼氏ヅラ?」
「笑わないでください」
「あーあ、幼稚だなあ」
宮下が低いトーンで呟く。自覚はしているが、大して知りもしない相手に言われたくはない。
「だとしても、俺は――」
何だと言うのだろう。異議を唱えるつもりだったが、つい口を閉ざしてしまった。
「しーちゃんってストレートだろうし、独りよがりなんじゃない? そもそも男同士なんて続きっこないっつーか、遊びで付き合うもんでしょ……本気とかねーわ」
「………………」
そこでやっと信号機が変わって群衆が動き出し、宮下も「愛しの先輩によろしくね」と言い残して立ち去る。
残された雅は、すぐに歩き出せなかった。
その後、雅は玲央とともに電車に揺られて帰途に就く。
どうにもぎこちない笑顔を浮かべていたらしく、玲央が心配してきたが、「気のせいですよ」とだけ言うと何も言及してこなかった。
(独りよがり……)
頭の中では、宮下の言葉がずっと繰り返されていた。
宮下がマイノリティな性的趣向で、野卑た考えを持っていたことにも驚いたが、何よりもショックを受けたのは“独りよがり”というワードだった。
『次は××、××。お出口は左側です』
車内にアナウンスが流れる。次が自宅の最寄り駅だった。
いつもならこのタイミングで玲央を自宅に誘うのだが、何も言わなかったら、彼はどうするのだろうかという考えが頭をもたげてくる。
隣に座る玲央にそっと目を向けると、彼は思案顔でスマートフォンの画面をしきりにスライドさせていた。
(こっちを見てはくれない、か)
電車が駅のホームに到着してしまう。
席を立ったところで玲央が見上げてきたが、顔を合わせたくない思いで雅は俯いた。
「あ、藤沢……」
「獅々戸さん、おやすみなさい。気をつけて帰ってくださいね」
少しでも期待をしてしまった自分が恥ずかしくて、情けなかった。
自責の念に駆られ、別れの挨拶もそこそこに電車を降りて急ぎ足で改札を出る。
(ああ、何やってるんだろう)
しばらく歩いて、自宅のマンションが見えたところで深く息を吐いた。
息苦しい憂鬱感を抱えながら、共同玄関を抜けて自室の鍵を開ける。流れるようにベッドに向かって体を横たえた。
「玲央さん」
普段は呼ばない下の名を小さく呟く。
一年前のあの日から、頭の中にはいつも彼の存在があった。
それは春。映画研究会のワークショップで、初めてショートムービーを制作したときのこと――。
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