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 周囲がざわつく。言葉の意を知らない者も、配布資料に目を通して察したらしい。  こんなとき――というか、そもそも彼女に意見できるのは一人しかいない。獅々戸玲央が挙手して発言した。 「マジで言ってる?」 「マジもマジよ。人の創作に茶々入れるなんて失礼しちゃうわね!」 「いやまあ、そうなんだけどよ……」  岡嶋はコホンと咳払いをして、「誤解なきように説明するわね」と続ける。 「今は多様性重視の時代でニュースでもよく取り上げられるし、日本は遅れているけれど、認識に関しては以前よりポジティブになっていると思うの。ドラマや映画でもこういったものを扱った作品があるんだけど、わりかし評価が高いのよ」  題材がセンシティブなだけに難しいだろうが、コンペティションでは新鮮味があるだろうし、丁寧に扱えば高評価を狙えるのではないかということらしい。  誠も話を耳にしながら、資料のページを捲る。  タイトルは『二人の白いキャンバス』。男性同士のプラトニックなラブストーリー。前向性健忘症を患っている若き画家に、切ない恋心を寄せる美大生の話。  ネタとしては散々使い古されたネタだろうが、よく言えば王道的で、ラストはハッピーエンドなので手堅くまとめられた印象だ。  最初は動揺していた部員たちだったが、気がつけば、みな静かに資料を捲っていた。  おそらく誰もが感心していたと思われる。が、脚本家の余計な一言。 「ぶっちゃけ、リアルの恋愛に疲れた反動なんだけどねっ」 「今なんつった!?」  玲央がすかさず突っ込む。あはは、と岡嶋は笑って誤魔化した。 「もし制作が決まったら、獅々戸くんにまた主演頼むからね! それと、お相手は立候補か推薦で決めたいなと思ってます!」 「あ、やってみたいです」  素早く手が上がる。カメラマンの藤沢雅だった。 「はああぁっ!?」  玲央がガタッと勢いよく席を立つ。瞳は大きく見開かれ、体はブルブルと震えていた。 「ああ……そっか、なるほど。別に意図してなかったんだけど……うん、アリね! この二人ならうまくやれるわ!」  岡嶋はサムズアップをして言う。うんうんと微笑みながら頷く雅と、眉間に皺を寄せて頭を抱える玲央の姿が対照的だった。 「つか、決まってもないのに話進めんな! ほら次だ! プレゼンしたいヤツ、前出ろ!」  玲央がギャンギャンと吠える。それからいくつか脚本のプレゼンテーションが行われた。  しかし、最終的には多数決で、岡嶋の脚本『二人の白いキャンバス』を、今年の作品として制作することになったのだった。  その後、講義を終えた誠はサークル棟へ向かう。  部室内には岡嶋と風間の二人がいて、絵コンテの書き方について教わるのだった。 「コンテなんてポイントさえ押さえれば十分よ。人の顔は丸と十字で、どこ向いてるかで十分だし。カメラワークはこんなふうに四角を書いて……」  ざっくりながらも、岡嶋は要点を押さえて解説をしていく。誠は指示を聞き入れながらペンを走らせた。  まさか、自分が監督をやるなんて夢にも思わなかった。今でも信じられないくらいだが、自分の中にあるイメージを実際に書き出すと、今後の撮影に対してワクワクする思いが湧いてくる。 「じゃあ、私はこれからゼミだから。風間くん、あとはよろしくね」  コンテ作業をしているうちにゼミナールが始まる時間になったらしく、岡嶋は挨拶もそこそこに部室を出ていった。  必然的に風間と二人きりになって、少し気まずさを感じてしまう。 (だ、大樹がヘンなこと言うからだっ。そんなことあるわけないのにさ)  だとしても、だ。大樹にあんなにも不機嫌になられては困るし、ここでしっかり明らかにして安心させてやりたい。そう考えて、 「唐突ですけど、風間さんって彼女とかいるんですか?」  出し抜けにストレートな質問を投げかけてみる。風間は穏やかに微笑んだ。 「本当に唐突だね? 今はフリーだけど?」  意外な回答だ。鼻筋の通った端正な顔立ちと温厚そうな印象は、異性にウケる要素でしかないだろう。てっきり彼女がいるのだとばかり思っていた。 (うわ、マジか。これじゃあ、なんの証明にもならないじゃん) 「へ、へー意外……風間さんカッコいいから、すげーモテそうなのにっ」  適当に相槌を打つと、風間はそのまま訊き返してくる。 「そう言う戌井くんはどうなの?」 「えっ、俺!? 俺はいませんよっ、彼女だなんてそんな!」 (って、ああ!? うっかり否定しちゃったけど!)  なんとなく後ろめたい気がする。確かに彼女ではないが、恋人として付き合っているのは確かなのだから、それとなく言うべきだったかもしれない。 「じゃあ一緒だね。でも俺、好きな人ならいるんだ」 「あっ、そうなんですか! どんな相手なんです?」 「戌井くん」  予期せぬ返答に心臓がドキリと音を立てて、時間が止まったように体が固まってしまう。風間は薄く笑って言葉を加えた。 「俺、戌井くんのことが好きなんだよね。もちろん恋愛対象として」 「か、からかってます?」 「こんな冗談言う性格に見える?」 「いや……」 「それに、今に始まったことじゃないよ。前から君のことを見ていたんだから……こう言ったら思い出してくれるかな」  既視感を感じてドクンドクンと心臓が脈打つ。そして……、 「戌井くんのことが好きなんだ。俺と付き合ってください」  その言葉を聞いた途端、ぶわりと記憶が蘇ってきた。高校二年生の冬――階段の踊り場で、一つ上の先輩に告白された日の記憶が。 (どうして、今まで気づかなかったんだろう)  風間はあのときの男だ。外見はずいぶんと変わって、高校のときよりもずっと垢抜けた。しかし声は、言葉の持つ響きは、すべてあの日と一緒だった。 「よかった。思い出してくれたみたいだね」 「え、えっと……」 「いつ言い出そうかって思ってた。君が映研に入ったときからずっと。――ねえ、こうしてまた会えたのって運命的だと思わない?」  気がつけば、驚くほどに距離を詰められていた。相手は笑顔を浮かべているはずなのに、何故だか身の危険を感じた。 (な……何なんだよ、この人!?)  と、そのとき。部室のドアがノックされてガチャリと開く。  そちらに目を向けて、誠はギクリとした。

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