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scene11-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(7)

 七月二十一日は桜木大樹の誕生日で、気づけばもう今週末に差し迫っていた。  誕生日が嬉しい年齢はとっくの昔に過ぎ去っているが、恋情を抱いている相手が毎年祝ってくれるので、ついこの時期はそわそわとしてしまう。 (まったくもって、恥ずかしい話だが)  苦笑しながら夕食の支度を済ませていく。いい頃合いだろうと、筑前煮の落とし蓋を外して保存容器に移し替えた。  今日の夕食は、梅干しの炊き込みご飯、ナスと油揚げの味噌汁、鮭の西京焼き、筑前煮、オクラのおかか和え……といった和食でまとめてみた。  炊き込みご飯はセットしてあるし、鮭も焼くだけになっている。夕飯までの時間をどう使おうか――と考えていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。 「ただいま~。あっ、煮物作ってる!」同棲相手の戌井誠だ。  誠はくんくんと鼻をひくつかせて、キッチンに足を踏み入れてくる。  見かけによらず渋いと思うのだが、煮物は誠の好物である。彼曰く「大樹のが一番うまい! 出来合いのって口に合わない!」とのことだ。まるで餌付けをした気になっているのは内緒だ。 「おかえり。腹減ってるなら、夕飯早めにするけど」  口元を引き締めて訊くと、軽快な答えが返ってくる。 「ん、はらへり! だけど、なんか食っていいなら時間まで待ってるよ?」 「すぐ飯にするから、食わずに待ってろ」 「はーい……っと、そうだ」  クイクイと服の裾を引っ張られる。屈託のない笑顔を浮かべて、誠は続けた。 「お前の誕生日もうすぐじゃん? なんか欲しいもんないの?」  付き合いが長いだけにネタ切れを起こしたのだろう。ここ数年は、いつも欲しい物がないかと事前に訊かれている。  正直、彼から貰えるものだったらどんなものでも嬉しいのだが、こういったときはきちんと答えるのがベターに違いない。 (現に高校のとき、答えずにいたらスナック菓子を机いっぱいに詰め込まれたし)  それはそれで嬉しかったことを思い出しつつ、少し思案して、 「あえて言うなら、眼鏡が欲しいな」 「眼鏡? ついに必要になった?」 「ああ。最近少し見えづらいんだ」  視力低下が進んでいるのか、遠くの見えづらさを感じていた。  日常生活に困らない程度ではあるが、どうしても不自由に思うときがあり、必要に応じて眼鏡を掛けようかと考えていたのだった。 「じゃあプレゼントは眼鏡な! 一緒に買いに行こ!」  誠の言葉に頷いて、互いのスケジュールを確認する。ちょうど誕生日当日は二人して予定が入っていなかった。 (……楽しみだ)  一緒に出かけることといえば、ここしばらくスーパーマーケットへの買い出しくらいなものだった。  久しぶりのデートに期待で胸が膨らむ。しかも自分の誕生日となれば、なおさらだった。     ◇  そして、やってきた誕生日当日。  近隣のショッピングモールに足を運び、真っ先にチェーン系列の眼鏡店へ向かった。  清潔感溢れるフロアに、バリエーション豊かな眼鏡が並んでいる。誠はその中から一つ手に取って、試着するなり笑いかけてきた。 「じゃーんっ! どう? 頭良さそうに見えるっ?」 「見えねーよ」  瞬時にツッコミを入れてやる。  誠が選んだのはメタル製のハーフリムだった。フレームが細くて、確かにシャープな印象を受けるが、だからといって頭が良さそうに見えるかどうかは別である。 「ちぇっ、じゃあ大樹が掛けてみてよ」  試着していた眼鏡をそのまま手渡されて、言われるがままに掛ける。  フレーム部分が視界の邪魔になるのではないかと危惧していたのだが、身につけてみたら思ったほど気にならない。  近くにあった鏡を覗くと、いつもと印象の違う自分の顔が写った。いろいろと角度を変えて見てみるものの、似合っているのかどうか、いまいちわからなかった。 「どう思う?」  先ほどの誠と同じように、意見を求めてみる。  だが返事がない。ぽかんとした様子で、誠は見上げてくるばかりだった。

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