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scene11-02

「誠?」  名前を呼ぶとハッとした顔になって、 「いいんじゃねーの? 結構似合ってると思う……」  言いつつ、何故か顔を背けていた。どうにも腑に落ちない。 「そっぽ向いて言われてもな」 「や、だって、親の顔ほど見てる顔なのに……また新しくドキッとしたとゆーか」 「………………」  不意打ちの言葉に思わず動揺してしまう。  男同士で照れていてはおかしいだろうに、互いに黙ってしまい、気恥ずかしいこそばゆさがあった。顔の熱がじわじわと上がっていくのを感じる。 「そっ、そうだ! 獅々戸さんの眼鏡もオシャレだよな! フレーム太いヤツ! ああいうのもいいかもよっ?」  先に動いたのは誠の方だった。ぎくしゃくとフロアを見渡す姿を見て、やっと大樹にも平常心が戻ってくる。 「なんでもいいよ。お前が選んでくれたヤツにする」 「お、おーっ、いいの見立ててやんよ!」  その後、店員の勧めから、フレームよりも問診や視力検査を優先することにした。  検査の合間に大樹が視線を向けると、誠は若い女性店員と話しながらフレームを選んでいるところだった。 「掛け心地はあとで訊くとして、どういったのが似合いそうかなあって思って……」 「そうですね。シャープなお顔立ちなので、細身で眼鏡の主張が少ないものがいいかと。こちらのオーバルタイプやリムレスタイプ、あとはハーフリムタイプもおすすめですね」 「んー、なるほど。お姉さんの眼鏡はこのタイプですよね、知的でカッコいいカンジ」 「はい。こちらのタイプですと、すっきりとした印象になりますね」 (誠のヤツ、結構悩んでるみたいだ)  などと考えていたら、検査応対をしていた店員に「何か気になりますか?」と声をかけられた。さすがに意識を向けすぎたようだ。 「すみません。連れが熱心に選んでいるようだったので」 「仲がよろしいんですね」 「ええ、まあ」 (そうか、普通に考えたら男二人でこんなことしないよな)  まあ、どう思われていても関係ないか――と思い直す。  恋人があんなにも悩んで、自分へのプレゼントを選んでくれているのだ。これが喜ばずにいられようか。 (かといって、だらしない顔をするのもアレだな)  緩んだ表情を浮かべそうになっている自分に気づき、一段と気を引き締めるのだった。  眼鏡はその日仕上がりのようで、数時間ほど時間を潰してから再度店頭に訪れた。  今度は実際にレンズのついた眼鏡を掛けて、最終調整をしてもらう。テキパキと店員が応対し、仕上がりはあっという間だった。 「このたびはお誕生日おめでとうございます。アフターサービスもありますので、何かありましたらいつでもお越しください」  店員が店先まで出てきて見送る。  礼を言って店を出ると、大樹は眼鏡のフレーム――せっかくなのでケースに仕舞わず、装着して持ち帰ることにした――を軽く指先でなぞった。  誠が選んでくれたのは、最初に手に取ったハーフリムの眼鏡だった。 「大樹、改めて誕生日おめでとなっ」  満面の笑みで、誠が祝いの言葉を口にする。 「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」 (こういったとき、もっと感情をストレートに伝えられたらいいんだが)  微笑を浮かべて返すも、そう思わざるを得ない。これでも胸の内は喜びの感情でいっぱいなのだが。 「へへ~、喜んでもらえてよかった」  誠は目を細めて、満足げな表情を浮かべた。  不器用で言葉足らずでも、きちんと理解してくれている――だからこそ、どうしようもなく嬉しく思えてならない。 (今日の飯は、腕によりをかけて作ろう)  誕生日だというのに、彼の好物ばかり考えてしまう自分は、どれだけ入れ込んでいるのだろう。「恋愛は惚れたら負け」とは、よく言ったものだと思った。

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