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intermission いたいけペットな君にヒロイン役は(EX2)

 大樹らが通う大学は二学期制であり、夏季休暇を前にした七月末は、誰もが試験やレポートに追われることになる。 (どうして、他人のレポートを手伝わなくてはならないんだ)  キャンパス内の図書館で蔵書を確認しつつ、人知れずため息をつく。  いくつか本を手に取って、数人掛けのテーブル席に戻ると、一人の学生が頭を抱えながら座っていた。大樹は隣に腰を下ろして声をかける。 「参考文献として使えそうな本持ってきた。少しは引用できる内容あるだろ」 「おお……サンキュな」  と、力なく答えたのは誠だ。なにを隠そう、大樹が手伝おうとしていたのは彼のレポートである。 (まさか、こんなことになろうとは)  ここでの出会いは偶然だった。休講で一コマだけ余暇ができてしまって、図書館で自習でもしようと思ったのだが、思わぬところでレポート執筆に勤しむ誠と出くわしたのだ。  本来ならそこで終わりだろう。けれど、ひどく悲壮感が漂っていたので見ていられず、世話焼きな性分が出てしまった。 「ううっ」  小さく唸りながら、誠がレポート用紙にペンを走らせる。今どき珍しく、担当講師の意向により、手書きでのレポート提出が指定されているらしい。  文章量はさほどでもないだろうが、誠は大いに頭を悩ませているようで、段々と背が丸まっていく。 「………………」  知らずのうちに、視線が誠のうなじに向かう。  そこはしっとりと汗ばんでいて、唇や舌を這わす感触、ともなう彼の反応をつい思い出してしまった。 「……誠、姿勢が悪い」  邪な考えを振り払って注意すると、すぐに誠は背筋を伸ばす。 (最近、ますますそういった感情を抱きがちでよくないな)  情欲を律するように息を吐いてから、先ほど持ってきた本を開いた。レポート内容や先行研究と照らし合わせながら目を通していく。  誠が手を付けているのは《言語学》のレポートであり、専攻がまったく違う分野なのだが、何かしらのヒントくらいにはなるだろう。 「このあたりとか引用できるんじゃないか」  誠の肩を小突いて、特に関心を引いたページを見せる。 「どこ?」 「ここ」 「んー、どれどれ」  誠が身を寄せてきて、シトラスの香りがほのかに香った。彼が使っているシャンプーの香りだ。  シャンプーにはこだわりがあって、髪質改善とやらで、アミノ酸ノンシリコンのものを使っているらしい……が、そのようなことはどうでもいい。  大樹は純粋にこの香りが好きだった。自分のものとは明らかに違う系統で、なんとも言えぬ心地よさを感じるのだ。 (いつもこんなこと考えているだなんて、このバカには絶対言えないけど)  当の本人を、じっと見つめる。  目が合えば「ん?」と無邪気な顔をして、首を傾げられた。  何気ない仕草がどうしようもなく可愛く思えて、ふっと湧いた衝動が体を突き動かす。  周囲に人の気配がないことを確認すると、本を顔の高さまで持ち上げながら、誠の顎を掬い……、 「――」  本で隠すように口づけをする。ほんの数秒程度、重ねるだけのキスだった。  そっと顔を離したら、誠は大きな瞳を見開いて固まっていた。  ワンテンポ遅れて、顔が恥じらいの色に染まっていき、慌ただしく体を離してくる。 「みっ、見られたらどうすんだよっ」 「本で隠した」 「くううぅ~っ! どこで覚えたんだよ、それ……恋愛映画の見すぎだろ!」  そう言う彼は、恥ずかしさで顔が上げられないといった様子で項垂れていた。  そんな愛おしい姿を見たいがために、メロドラマのワンシーンのような行為を恥ずかしげなく行う自分は、少し盲目的かもしれない。 (まあ……単に俺がしたい、というのもあるか)  ふっと口元が緩む。誠が拗ねたように文句を言ってきたが、こちらの心をくすぐるだけだということを、きっと彼は知らないだろう。

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