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scene12-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(5)

 獅々戸玲央は、鬱屈とした感情と日々戦っていた。  俳優養成所ではレッスンを受けるだけでなく、俳優としてメディア出演することもあったが、ほぼタダ働きのエキストラが主であった。  事務所にオファーをもらって仕事をこなす同期もいるなかで、同じ道を志す周囲への羨望と嫉妬、何よりも己に対する不安が胸中を渦巻いていた。  自分はこんなものではない。もっと認められたい。だからもっと上を目指して努力するのだ、と純粋に言えたらどんなにいいだろうか。  本当のところは、脆い自分を必死に虚栄心で隠しているにすぎないのだ。  どうにも、そこを審査員に見抜かれている気がしてならない。オーディションでは一次審査に受かっても、決まって次の時点で落とされていた。  それでも未だこうしてやれているのは、恋人である藤沢雅の存在が大きいだろう。玲央の心はぐらつくも、決して折れてはいなかった。     ◇  八月上旬、二泊三日で映画研究会の合宿が行われた。  今年の合宿所は山梨にある大型コテージで、コンペティションで得た賞金を軍事金にして、盛大に貸し切ったのだった。  しばし近辺を散策したあと、監督の戌井誠の指揮のもと新作映画の撮影が始まる。  タイトルは『二人の白いキャンバス』。今作は《LGBT》を取り上げた作品で――なお脚本は岡嶋由香里のもの――男性同士のプラトニックラブストーリーだ。  新たな記憶が形成されない前向性健忘症を患った画家と、彼に一途な想いを寄せる美大生の恋の行く末は……といった、ありがちだが切なく甘酸っぱい設定は、きっと視聴者の涙腺を誘うに違いない。 (いい本だと思うし、また主演やらせてもらえるのは嬉しいけどさ……)  玲央が演じるのは、美大生の《智也》だ。  撮影に使うエプロンを身につけながらコテージのキッチンに立つ。それから、小さくため息をついた。  頭にあるのは、画家の《湊》演じる共演者のことだった。 「藤沢、立ち位置確認するからこっち来い」 「はいっ」  そう、相手役は雅だ。しかも何を思ったのか立候補である。いや、なんとなく彼の思考は察したが、照れくさくて考えたくなかったと言った方がいいだろう。 「テストいきます! シーン3─2、よーいスタート!」  誠の声が響いて、助監督がカチンコを鳴らす。  今から始まるのは、日頃不摂生な生活をしている湊(雅)を心配して、智也(玲央)が昼食を作る場面だ。 『先生、ちゃんとご飯くらい食べてよ。いつか倒れるんじゃないかって心配になる……』  智也役の玲央が、規則正しい包丁の音を立てて玉ねぎを切っていく。隣で見守るのは、湊役の雅である。 『嬉しいね。心配してくれてるの?』  静かで落ち着きのある演技はなかなかのものだ。キャラづくりとしてスクエアの伊達眼鏡を掛けた姿は、自分よりも幾分年上のように見えた。 『茶化さないでよ。なんだか、そのうち消えちゃいそうで不安だ』 『俺はちゃんとここにいるよ』 『でも、昨日の先生じゃない』  包丁を持つ手を止めて言うと、二人の間に重い空気が流れた。  しばし沈黙してから、智也(玲央)がハッとして、再び手を動かし始める。 『ご、ごめん――あ、っ!』  ビクッと体を震わせて顔をしかめる。  包丁で指を切ってしまったような仕草をすると、湊(雅)がその指を掴んで口に含んだ。智也(玲央)は瞳を潤ませ、自然と見つめ合う二人……。 「カット! チェック入ります!」  カチンコが〝二度打ち〟された。 「いつまでも掴んでんじゃねーよ」  と、同時に雅の手を振り払って、カメラの確認をしに行く。 「もう少し明るい方が」「ズームインして注目させた方が」などと、誠とともにアドバイスをしているうち、雅も加わってきて具体的にフォローした。  何の気のなしに横目で見たら、視線が合ってドクンッと心臓が跳ねる。 「ほ、本番いくぞ、監督! 音声も問題ないよな!?」  撮影中は演技に集中して、意識しないよう気をつけているのだが、どうにもこうにも気恥ずかしさが拭えない。不機嫌顔で頬を赤らめる玲央であった。

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