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scene12-02

 順調に撮影は続き、陽が落ちてきた頃合いを見計らって本日最後の撮影に入った。  コテージのリビングに小道具を配置して、画家のアトリエに見立てる。玲央が窓から差し込む日差しの加減を確認していると、雅が話しかけてきた。 「俺の演技どうですか?」 「ん? まあ、いいんじゃねえの? 立ち位置とかカメラ意識してんのわかるし」  不器用ながらに褒めると、雅は嬉しそうに口元を綻ばせる。 「それはよかった。あなたと肩を並べられるなんて夢のようです――ずっとカメラ越しに見てただけなのに、って」 「そ、そうかよ」 「映研に入ってよかったなあ、ってすごく感じてます」 「いいからあんま近づくなっ」  つい顔を背けてしまうのだが、同じ気持ちを抱いていることに嬉しくなった。  確かに気恥ずかしさはある。しかし、こうして共演できることは何だかんだ言って嬉しいし、いつもの撮影よりも楽しんでいる自分がいた。  そこで、ふと気づく。 (俺にとっては……これが最後の作品になるんだよな)  来年には、ここに自分の姿はないのかと思ったら、無性に物悲しい気分になって胸がざわついた。 「次! シーン9─4、まいりまーす!」  そうこうしているうちに撮影の準備が整ったらしく、監督の声がかかった。 「――よし」  カメラの前に立つと、深呼吸をして心を落ち着ける。演技に必要なのは集中力だ。余計なことを考えている暇はない。 「テストいきます! シーン9─4、よーいスタート!」  カチンコの音で演技に入る。  リビングの床に湊(雅)を押し倒し、馬乗りになった状態でのスタートだ。先行するのは智也(玲央)の台詞。 『俺はアンタの永遠になりたい』 『智也くん?』  困惑の表情を見せる湊(雅)に対して、智也(玲央)は彼が着ているシャツを掴む。その後、苦しげな表情で一言。 『アンタをくれよ、先生……』 「カット!」  カットがかかるも、玲央の意識はどこかぼんやりとしていた。演技中の体勢のまま、ぴたりと静止してしまう。 「玲央さん?」 「あ、わりィ」  雅の声で意識が浮上するのだが、考えている以上にショックを感じている自分がいた。 (クソ、集中しろよ。最後とか考えるなって)  それほどまでに、この映画研究会というサークルは大きな存在らしかった。  撮影を終えて夕食を済ませると、一同は近隣の露天風呂へと足を運ぶ。  秘境というわけでもないが、奥まった場所にあるせいか客足はさほどでもなく、団体で来ている身としてはありがたいことだった。 「はぁ~……」  体を洗って湯に浸かるなり、自然と玲央の口からため息が漏れた。  星の見える夜空の下、ほどよい風を頬に感じながら風呂に入るのはなんとも心地がよく、手足を伸ばしてゆったりとくつろぐ。 「お早いですね」雅が隣にやってきた。「後輩として、玲央さんの背中流したかったのに」 「やだよ。つーか、玲央さん言うな」 「大丈夫ですよ。まだみんな体洗ってるようですし、聞こえませんって」  雅は薄く笑って、透明な湯にゆっくりと体を沈める。  湯の中で軽く指先が触れれば、そっと重ねられ、指の間を優しく撫でられた。  むず痒い感覚にドキドキしていたら、 「じぃーっ」  不意に背後から聞こえてきた声に、重ねていた手を離して振り返る。二人の間を割るようにして、誠が湯の前にちょこんと座っていた。 「あれ? 桜木は一緒じゃないの?」雅が訊いた。 「あー……アイツは、風間さんとサウナで我慢比べしてるっつーか。それはそれとして、やっぱ藤沢って脱いだらすごいよな? 羨ましい~!」  どうやら重ねていた手ではなく、雅の体を見ていたらしい。 「はは、そんなに着痩せする?」 「え、めっちゃするよね? こんながっしり筋肉ついててさ。やっぱ剣道部だから?」  誠の手が伸ばされた瞬間、反射的に玲央がその手を掴んだ。 「ンなトコ座ってねえで、とっとと入れよ! いい湯だぞ!」 「へ? ああ、そーですね?」  誠は不思議そうにしながらも湯に入ると、安らぎの表情を浮かべて顔の半分まで浸かった。先ほどまで考えていたことは、どこかに行ってしまったようだ。 「あははっ」  隣を見れば、雅が楽しげに小さく笑っている。玲央の眉根がきゅっと寄った。 「なんだよ」 「可愛いヤキモチ焼いてくれたのが、嬉しくて」 「ああン!?」 「しーっ、部員以外もいるんですから迷惑ですよ?」 「後輩のクセに諭すなっ! ムカつく!」  なんて生意気な。掴みかかりたくなるのを、ぐっと堪えて歯を食いしばるのだった。  コテージに戻ってくれば、部員らはそれぞれ決められた部屋へ散っていく。ここからは自由時間である。  一年生は男女別の大部屋で、他の学年は個室――二人から五人部屋の和室――という部屋割りだ。  玲央は「主演同士親睦を深めたい」という建前で、雅と二人部屋を選んだのだが、布団を敷いたところで後悔するのだった。 「あのな雅サンよ。俺様はこーゆーコトがしたくて、二人部屋にしたワケじゃねーぞ?」 「はい、わかってます。……玲央さんは浴衣も似合いますね」  雅が微笑みながら浴衣に手をかけてくる。抵抗するも帯を解かれてしまい、六畳ばかりの狭い部屋に衣擦れの音が響いた。

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