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scene12-06

「カット! オーケーです!」ややあって誠の声がかかった。  息を吐いて雅の上から体をどける。雅はすぐに立ち上がらず、玲央を見つめていた。 「玲央さん、すごくいい演技してました」 「ったりめーだろ? わざわざ頭下げてリテイク申し出たんだから……つか、玲央さん言うなって」  手を差し出して雅を立ち上がらせていると、誠が駆け寄ってきて周囲の注目を集める。何事かと思えば、 「あのっ、ここがキーになる一連のシーン撮り直しませんか?」 「あ、もしかして俺のせいで違和感でちまったか? 一応繋ぎとしては、智也のアップ撮り直すだけでいいと思うんだけど……」  言うと、誠は「違いますよ!」と慌てたように手を振る。 「獅々戸さんの演技見たら、もっとやれることあるんじゃないかなって。いい作品を作りたいってのは、みんな同じだろうし。俺のワガママって言ったらそれまでですけど……」 「いや監督はそれでいいんだっての。けど、今から間に合うかって問題がな」 「大丈夫です! 他も一発でオーケー出してもらえれば問題ないってゆーか、獅々戸さんならやれると思うんで!」  信頼感に満ちた笑顔を返される。玲央の性格上、そう言われては引き下がるわけにはいかなかった。 「上等だ! やってやるよ、俺様をナメんなっての!」  その後、すべてのリテイクを一発でこなし、本日の撮影も予定どおりに終えたのだった。  バーベキューや花火を楽しんで、大部屋で映画観賞をしているうちに夜は更けていく。  部員が持ち寄ったBDやらDVDが上映されるなか、玲央は欠伸を噛み殺していた。 (昨夜も遅かったし、眠くなってきたな……)  そろそろ部屋に戻ろうと思ったとき、浴衣の袖が引っ張られた。誰かと思えば雅だ。  目を合わせると軽く手招きされる。誘われるがままに立ち上がって、彼についていくことにした。 「オイ、なんだよ?」  やって来たのはコテージのテラスだった。満天の星空の下、川のせせらぎが遠くに聞こえるだけでやたらと静かだ。  雅は振り返るなり、屈託のない笑みを浮かべる。 「お誕生日おめでとうございます、玲央さん!」  日付が変わったのだろう――八月七日、今日は玲央の誕生日だった。  正直、期待をしていなかったといえば嘘になるが、真っ先に二人きりで祝われるとは思わなかった。 (誕生日とかどうでもよかったけど、すげー嬉しいっつーか……うわ、こんなんで浮かれるとかガキみてえ)  甘ったるいことを考えている自分が、バカみたいに恥ずかしくて仕方ない。顔を少し背けながら言葉を返す。 「さ、サンキュ。けど、わざわざ連れ出さんでもいいだろーが」 「だって、真っ先にお祝いしたくて」 「クソッ、人ができなかったことを平然とやりやがってよ」 「ムカつく?」 「ムカつく。テメェの誕生日、来年は俺が一番に祝ってやるから覚悟しとけ」  ぶっきらぼうに言ってのけると、雅は軽く笑った。 「はい、覚悟しておきます。だけど、ひとまずそれは置いといて……」  隠し持っていた紙袋から何か取り出し、手渡される。見れば小さな化粧箱だった。 「どうぞ、プレゼントです。開けてみてください」 「お、おう」  雅の言葉に頷いて、ドキドキしながら箱を開ける。 「ピアス?」  中に入っていたのは、小ぶりのスタッドピアスだ。  編み込み模様のシルバーの中に、ラウンドカットされた黒いストーン――おそらくオニキスだろう――があしらわれたデザインで、シンプルながらも上品さがあった。 「趣味に合ったらいいんですが」 「や、すげーいいわコレ」  ピアスをしている左耳に手をかけ、今しがた貰ったものと入れ替えるように装着する。  雅はまじまじと見つつ、やがて照れたように笑った。 「思ったとおりお似合いです。自分がプレゼントしたものを身につけてもらえるなんて……光栄ですけど、ちょっと恥ずかしいですね」 「な、なんでお前が恥ずかしがるんだよ! 俺のがハズいわっ!」 「えへへ。でもそうやって、つけていてもらえると嬉しいです」 「バカやろ。嬉しいのはこっちだっての」  今すぐ自分の目で確認できないのがもどかしく、耳に指を当てて、ピアスの冷たい感触を確かめる。  しばらくそのような仕草を続けていたら、ピアスに触れていた手をそっと取られて、代わりに雅の顔が近づいてきた。 「新しい一年が素敵なものでありますように。――玲央さんの夢が叶いますように」  優しく囁かれたあと、耳元にちゅっと柔らかな感触が降ってくる。  触れ合った部分から熱が伝わっていって、胸がじんわりと満たされるのを感じた。だけれど、どれもこれもがうまく言葉にならない。  申し訳ないと思いつつ、雅の顔を見上げると、あなたの考えなんてお見通しですよ――とでも言うように優しい笑顔で返された。 「やっぱお前生意気!」 「あは、すみません。生意気な後輩で」 (ああっ、クソ!)  居たたまれない気持ちになって抱きつく。せめてもの気持ちだった。 「もっと輝いてみせるから……目ェ逸らすんじゃねえぞ」  誓うように口にしたら、「もちろんです」と背に腕を回された。  支えてくれる彼の存在がある限り、玲央の心は決して折れない。  不器用でがむしゃらで――不出来な人間かもしれないが、だとしても一歩ずつ踏みしめて、前に進もうと思ったのだった。

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