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scene18-02
◇
それから数日が経ち、炊事に掃除洗濯と肩代わりするかのように、誠が家事を行うことが増えた。
(一体どういうことなんだ?)
今日もそのような調子だった。せめて夕食後の片付けくらいはやると提案したのだが、あっさりと断られてしまい、こうしてダイニングでテレビをぼんやりと見ている。
「つまらないな」
テレビのチャンネルを変えるも、大して興味をそそられる番組がなく物思いにふける。
同棲生活を始める際、金銭問題といった最低限のルールしか取り決めなかった。
家事の分担においては皆無で、当然自分が請け負うものだと思っていたし、話題にも上がらなかったほどだ。
それが今になって何故だろうか。恋人の手料理が食べられるのはもちろん嬉しいが、どうにも勘ぐってしまう。
誠もいい歳になるのだから、家事ができるに越したことはないと思うし、甘やかしたいばかりに、あれこれ世話を焼く自分が成長を妨げているような気もしている。
己の庇護欲のようなものは、前々から気づいてはいた。これでは彼のためにならないということも。ただ、そう理解していても、やはり自分に甘えていてほしいと感じる――やるせない気持ちがあった。
「なあ、誠」
食器を洗い終えたところを見計らって声をかける。隣に行くなり、すっと滑らかな動作で額と額を重ねた。
誠は飛び跳ねるようにして数歩後ずさる。まるでカエルのような動きだった。
「だっ、だから熱なんかねえっての! 俺が家事やるの、そんなにおかしい!?」
「ああ」
じっと目を見て頷くと、誠は言い返すでもなく目を泳がせた。
(やれやれだ)
何か隠しているような様子を見て、冷蔵庫からあるものを取り出す。策は事前に用意していた。
「これ、見かけたから買ってきたんだが。ちゃんと白状すれば食ってもいい」
取り出したのは、誠が最近ハマっているという抹茶味のシュークリームだった。しかもSNSの口コミを通して話題となり、売り切れ続出のトレンドものだ。
「あっ、言う! 言います!」
案の定、いとも簡単に食いついてきた。こんなところは非常に扱いやすくて助かる。
「じゃあ、話したあとでな」
「えっ? わ、やべっ、男に二言はっ」
「あるわけねーだろ」
何か困ったときは、やはりこの手に限るな――考えつつ、ダイニングテーブルに戻った。
誠が向かいの席に着くと、「さあ、話してもらおうか」とばかりに視線を向ける。彼はやがて観念したように口を開いた。
「ゼミで仲良くなった女の子がさ、彼氏の面倒見るのが嫌になって……んで、別れたって話をしてきたんだよね」
「はあ」
いろいろとツッコミを入れたい気分になったが、堪えて相槌を打つ。
「彼氏がいつも甘えてばかりでさ、こっちは母親じゃないんだっての~って冷めたとかなんかで」
「それで?」
「……俺も愛想つかされたら、どうしようかと思って」
二人の間に妙な沈黙が訪れる。
正直拍子抜けしてしまい、思わずため息が零れ落ちた。
「くだらないな。今さらにもほどが――」
「くだらなくなんかねーよ!」誠が噛みつくように声を荒らげた。「だって俺、大樹に嫌われたくない!」
そして、畳み掛けるように言葉を続ける。
「友達と恋人って違うだろ!? 友情は続いても、恋愛って別れたらもう終わりじゃん! 大樹とはこの先もずっと一緒がいいし、嫌われたくねーよ!」
言い終えると、誠は顔を伏せて黙った。「ああ、やってしまった」と己の軽率な発言を後悔した。
「……誠、悪かった」
すぐに席を立って近くに駆けつける。膝を床につけるなり、そっと手を取って相手の顔を見上げた。
「そうだよな、好きなヤツに嫌われたくないのは当然だよな」
誠がコクンと頷く。向けられた瞳はわずかに揺れていて、ひどく胸が痛んだ。
「もしかしたらって思ったら、怖くなって」
「大丈夫だよ。俺がお前に愛想を尽かすなんてあり得ない。何年の付き合いだと思っているんだ」
「でも俺、大樹に対してなんもできてねーし」
何を言っているのだろうか。そんなことない、としっかり首を横に振って否定する。
「誠がいてくれるだけで、俺がどれだけ救われているか……全然わかってないだろ」
「そっ、そりゃあ、俺だって大樹がいてくれるだけでいいんだけどさ」
「だろ?」
「うーん……」
「そもそも、俺は好きで尽くしてるだけだ。お前は何も気にしなくていいんだよ」
といった言葉とともに手の甲に口づける。誠もやっと安心したようで、表情がいくらか和らいだ。
「お前、ホント恋愛映画見すぎっつーか」
「そのうち、一緒に見るのもいいかもしれないな」
「やだ。俺が好きなのはアクションとか特撮だし、そーゆーシーン出てくるの苦手だもん」
「ったく、昔から変わらないな」
だからこそ、どうしようもなく嬉しい。
恋愛にはまったくと言っていいほど無関心で、どこまでも疎かった誠だ。
それが、いつからこのような――恋人に嫌われたくないなんて――ことを考えられるようになったのだろう。
付き合い始めた頃はまだ淡い感情だったはずだ。その感情をここまで育んでくれたことに、この上ない喜びを覚えた。
「好きだよ、誠」
愛おしい小さな手に唇を這わせる。ちゅっと甘い音を立ててキスをし、舌先で指をやんわり舐めると、誠は小さく身を震わせた。
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