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scene19-04

 すると、わずかに間をおいて雅がふっと笑い、 「そんなのいいですよ。むしろ、そんなふうに考えてくれて嬉しいくらいです」 「……普通だろ」 「そういったことを考えられない人だって、きっといます」 「でも……実際、お前に対して何もできてねえし、いつも支えられてばっかりだ」 「ないない。だって俺、好きな人が好きでいてくれるだけで、すごーく幸せ感じちゃうんですよ?」  茶目っ気のある甘い言葉とともに、背に腕が回されて、愛おしげに抱きしめられた。トクントクンという二人の心音が重なり合う。 (落ち着く……)  ふと、ハグをするとストレスが解消されるという説を思い出した。  暖かい日だまりの中にいるような気持ちが胸に広がっていく。心地よさにうっとりしている自分を隠すように、口を開いた。 「安いなお前」 「はい、安いです。ものすごくお手頃です。炊事・洗濯・掃除と一通りできますし、彼氏にはもってこいですよ?」 「ハッ、なんだそれ」  思わず笑いが出る。わざわざ自分を売ろうとするのが、やけにおかしかった。 「よかった。やっと玲央さん笑ってくれた」 「え?」 「ずっと難しい顔してたから、心配だったんです」 (……本当にコイツは俺のことを)  言いようのない嬉しさで、胸が震えるのを感じた。  どうしてここまで気にかけてくれるのだろう。いや、考えるまでもなく答えはわかっている。そして、それはいつだって雁字搦めの心を解いていくのだ。 「突っぱねるような言い方しかできなくて悪かった。これでもお前のこと好きなんだ……」 「大丈夫、ちゃんと伝わってます。玲央さんが《ツンデレ》だって知ってますから。俺のこと、考えてくれてたんですよね」 「あ……ああ。いつもお前の負担になってると思ってたし、積もり積もって別れ話とかされたらどうしようかと」 「もう、なに言ってるんです? あなたが好きで好きで仕方ないのに、易々と手離すわけないじゃないですか」 「バカ」  そっと体を離して、雅の瞳を見つめる。  こんなにも弱い自分は、もうこの男にしか見せられないと心底思った。そして、もっと知ってほしいとも。 「したい……」 「え?」 「し、したいんだっての」 「えーっと、なにがですか?」  雅は遊んでいるわけではなく、本当にわかっていないようで、きょとんとした表情を浮かべている。 「だ、だからっ――セッ……ク、す、……したいって! いつもなら、これで通じんのになんだよ!」  勘弁してくれよ、と思いつつ言ってのけた。雅は意外そうに軽く目を見開く。 「いや、だって、玲央さん疲れてると思って……まさか誘われていたとは」 「うるせえ、恥ずかしい思いさせやがって! いいからさっさと抱け、クソったれ!」  怒ったように言うと、いつものクスクスという小さな笑い声が返ってきた。 「はい。それじゃあ、今夜は遠慮なく」  微笑みを浮かべたまま、雅がすっと片膝立ちになる。何かと思えば、背と膝の裏に腕を回してきて、 「うわッ!?」  浮遊感を感じて、慌てて雅の首にしがみつく。玲央の体はいわゆる《お姫様抱っこ》の体勢で抱えられていた。 「あ、玲央さんやっぱり軽い」 「ちょ、雅っ!?」 「こーら、暴れないでください。このままベッド行きましょう?」  困惑しているうちに、雅が歩き出してしまう。 「オイ! 降ろせよ!」 「嫌でーす」 「クソがーッ!」  ふわふわとした浮遊感が怖くて、ギャアギャアと騒ぎながら寝室へ移動する。  ベッドに到着すると、やっとのことで降ろされて、 「バカ野郎ッ! めちゃくちゃビビったじゃねーか!」  ジトリと睨みつけてやった。だが、目先の男は楽しげに笑っている。 「あはは、玲央さんってば顔真っ赤だ」 「くっ……ムカつく!」  胸倉を掴んで顔を引き寄せ、勢い任せに雅の唇を奪った。口づけを解いて視界に映る表情は、やはりイラッとするほどの笑顔だ。 「玲央さんからしてもらえるの、すごく嬉しい」 「うっせーよ」  舌を差し出しながら再びキスを交わし、角度を変えながら求めるがままに舌を絡ませる。唾液が溜まれば濡れた音が響くようになって、ひそかに興奮を覚えた。 「お酒とタバコの匂いがします」  意識がふわついてきたところで、雅が呟く。 「あ……悪ィ、そうだよな。つーか、今さらだけど帰ってきて早々って……汗もかいてるしシャワー浴びねーと」 「すみません、そういった意味で言ったんじゃなくて。俺、全然気にしないんで大丈夫ですよ」 「俺が気にすんだよ。グダグダで悪いけどちょっと待っててくれねーか?」 「……待てないです。それにシャワー浴びたら、やる気なくしちゃうかもじゃないですか」  否定できなかった。確かに、そのときには泥のように眠りたくなっている気もする。  どう返事をしたものか考えていたら、雅が少し拗ねたような顔で体をどけた。 「わかりました。シャワー浴びたいんですね」  大きくため息をつき、雅はこちらの腕を引っ張ってくる。 「っと、わ!?」  ベッドから体が浮き上がったかと思えば、大した抵抗もできずに歩かされて、あれよあれよという間に浴室へと押し込められてしまう。

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