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おまけSS 好きな人の匂い

 雅の自宅に宿泊することになった夜。玲央はバッグから荷物を取り出しながら、口を開いた。 「雅、またいくつか服置いてくな」 「はい、どうぞ。いつもの場所に入れておいてください」  そう言う雅の声色は、どこか嬉しげだ。  振り返ってみると、にこにこと笑顔を咲かせている姿があった。 「ンだよ。ニヤつきやがって」 「だって、玲央さんの私物が増えるの嬉しいんですもん」 「いや……毎回持ってくるの面倒だし。そもそもお前、急に泊まりに誘うから」 「はは、そうですよね」 「寝間着とかお前のデカすぎだし、翌日だって着るものないと困るし、わざわざ家戻ってまた出かけるのもアレだし」 「はい」 「シャンプーも違うと気になるし、あと歯ブラシとか化粧水なんかも……」  なんとなく恥ずかしい気持ちが込み上げてきて、あれそれ言い訳するように次々と捲し立てる。  そうこうしているうち、ずいぶんと私物が雅の部屋にあることに気づき、なおさら複雑な心境になったのだった。 「クソッ! なんか文句あっか!」 「やだなあ。ありませんよ」  雅が小さく笑う。それに対して苛立ちを感じつつも、ふと疑問が湧いて出た。 「つーか、好き勝手置いてってるけど、お前はそーゆーの抵抗ないワケ?」 「抵抗あったら言ってますよ。というか、嬉しいって言ったじゃないですか」 「そりゃあ、そうなんだけどよ」  言うと、雅は軽く首を傾げたあと、 「俺としては、日常の中に玲央さんを感じられてすごく……」 「なんかそれ、変態っぽくねえか!?」  すかさず言い終える前にツッコむ。それから、慌てて言葉を加えた。 「ま、まさかお前、服の匂いとか嗅いでねーだろうな?」 「……あは」  雅がニコッと笑う。口にせずとも察した――玲央は思わず言葉を失ってしまい、二人の間に微妙な空気が流れた。 「えっと、まあ……恋人の特権ですよね」 「んの……」 「え?」 「ッ! 変態野郎があ!」  一発ぶん殴ってやろうと手を振りあげる。しかし、すぐに止められてしまった。 「どうして、いつも暴力で訴えようとするんですか!」 「テメェが悪ィんだろ! テメェがよ!」 「けど実際、そういった相性ありません? 生理的なものというか」 「はあ!?」 「俺、玲央さんの匂い大好きなんですけど。玲央さんは違うんですか?」  手を引かれて、雅の顔が目の前にくる。  間近で視線が合ったかと思えば、ふわりと優しく抱きしめられた。 「ね、どうです?」 「ど……どうって、どうもこうもねーだろ」  素っ気なく返しつつも肩口に顔をうずめる。すうっと鼻で息をすると、いつもの彼の匂いがした。 (落ち着く……)  決して口にはできないが、玲央だって雅の匂いが好きだった。悟られぬよう、静かに鼻を動かす。  と、そこで雅が小さく言った。 「玲央さん、鼻息くすぐったいです」 「!」  かああっと顔が熱を持つ。あまりの居たたまれなさに、雅の胸をドンドンと叩く玲央なのだった。

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