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おまけSS 花、愛の言葉
いつものように玲央を自宅に誘ったある休日。
「あれ? 合鍵はどうしたんですか?」
インターホンを鳴らされ、雅は小首を傾げた。玲央には合鍵を渡しているため、マンションの共同玄関を抜けて、そのまま部屋にやって来るはずだ。
置いてきてしまうなんて珍しいと思っていたら、どうやら違うらしい。
『悪いな。ちょっと手が塞がってんだ』
「はあ、そうなんですか」
疑問符を浮かべながら解錠する。玄関先で出迎えたところで、どういうことかやっと理解した。
「ん、お前にやるよ」
玲央が差し出してきたのは、可愛らしいサイズのブーケだった。
「えっと、これって」
「いいから受け取れ! こっ恥ずかしいんだから!」
ブーケを押し付けて、玲央は「邪魔するぞ」と脇をすり抜けていく。
「あ、ありがとうございますっ! あの、とても嬉しいんですけど、急にどうしたんですか? 記念日とかじゃなかったですよね?」
ドアを施錠しながら訊けば、わざとらしいため息が返ってくる。
「別に意味なんてねーよ。ほら、駅前に花屋あんだろ? いつもあそこの前通るし、ちょっと気になって立ち寄っただけだよ」
わあ、素っ気ない――などと感じてしまうのだが、今に始まったことではないし、きっかけは何であれ、好きな相手からの贈り物は嬉しいに決まっている。
玲央の後ろ姿を追いながら、雅はブーケを改めて眺めた。
華やかというよりは、清楚で落ち着いた印象だ。メインは濃い青紫をした鐘形の花で、白い花を咲かせた紫陽花がそれを際立たせるように添えられている。青と白のコントラストが美しかった。
「綺麗なお花ですね」
言うと、玲央は決まりが悪そうに顔を背けた。
「野郎相手に花とかアレかもだけど、お前なら喜ぶかと思ったし。あと、なんつーかそれ……み、雅っぽいかなって」
「………………」
(ヤバい。今のは来た……)
思わぬ言葉に胸の鼓動が速くなる。感情が溢れ出して、ひょいと玲央の手を掴んだ。
「俺、ものすごーくときめいちゃいました。どうすればいいですか?」
「うっせ! 花生ける用意でもしてろ!」
即座に手を振り払われてしまう。けれども、玲央が耳まで赤くなっているのを見逃さなかった。
「あは、わかりました。素敵なプレゼントありがとうございます」
こちらの言葉に玲央はフンと鼻を鳴らす。単なる照れ隠しだということは重々承知しているので、あえてツッこむような野暮はしない。
不器用な性格ながらも、こういったところで好意を伝えてくれるのが彼らしいし、自分もまたそんな恋人が愛おしくて仕方ないのだ。
(そうだ、せっかくだからスマホで写真撮っとこ)
思い立って、ラッピングを解く前にスマートフォンで写真撮影する。すると、玲央が眉根を寄せて苦笑した。
「女子かよ」
「だって嬉しいんですもん。……そういえばアジサイはわかるんですけど、こっちの青いのは何でしょう?」
「知らね。花とか関心ねーし」
「やっぱり?」
まあそうだろうな、と写真から検索をかけることにする。
検索結果に出てきたのは、名前としては聞いたことのある桔梗だった。多年草で開花期は六月から十月。そして花言葉は……、
「雅? なーに笑ってんだよ?」
「えへへ、内緒です」
「はあ?」
きっと特別な意味などはなく、単なる偶然にすぎない。
そうとわかっていても、ついつい笑みが零れて、玲央に怪訝な顔を向けられてしまう。《永遠の愛》――それが桔梗の花言葉だった。
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