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おまけSS ここに居ない君を想う ★

「早く帰ってきても、何もすることねーな……」  玲央はベッドに横たわり、小さく呟いた。今日は仕事が早く片付き――また、アルバイトも入れてなかったため――、思わぬ余暇ができてしまったのだった。  夕食も済ませたし、入浴も済ませた。こんなときに同棲相手の雅がいれば、恋人としてすることもあるだろうが……、 (一人だと、どうしたらいいんだか)  四月になり、雅は全寮制の警察学校で生活することとなった。  かれこれ会えない日々が一か月近く続いている。夜や土日の自由時間になればスマートフォンで通話ができるものの、こちらの都合上なかなか時間が合わず、寂しさを感じざるを得ない。 「雅……」  知らずのうちに、愛おしい名が口をついて出た。湯冷めでもしたのか、肌寒さに温もりが恋しくなる。 (アイツのデカい腕に抱かれたい。骨ばった手で触られて、がっつくようにキスされて、それで……)  いつから自分は、こうも弱くなったのだろう。胸が打ち震える感覚を覚えて、なんだか泣きたい気分になってくる。  ああ、切なさばかりが膨れあがってどうしようもない――あれこれと考えていると、無意識的に手が下腹部へと向かっていった。 「……ん」  ここにいない恋人を求めて、自身は緩やかに主張をしていた。  おずおずと下着の中からそれを取り出し、包み込むようにぎゅっと握り込む。根本からゆっくりと手を動かしていった。 「は……っ、ん、雅……」  彼のことを想って、己を慰めるのは何回目だろうか。虚しさにじんわりと涙が浮かんだ。 「んっ、雅――さびしい……っ」  本人の前では絶対に口にしないであろう言葉を繰り返しながら、手の動きを速めていく。  先走りが滲んできたところで、先端を重点的に責めるも、玲央の体はこの程度では満足しない体になっていた。 『玲央さん、こっちも欲しい?』  頭の中で聞こえた声に、胸がズキズキと疼く。体液で濡れた手をさらに下へ持っていき、そっと秘所に宛がうと、躊躇うことなく中指を侵入させた。 「っ、あ」  最近になって覚えた慰め方だ。少し前までは、頼まれでもしない限りやらなかった行為だというのに、今ではプライドも何もかも崩れ落ちていた。 「あっ、あぁ……ッ」  しこりのある敏感な部分を指先でなぞれば、悦ぶように窄まりがきゅうきゅうと収縮する。圧をかけながら強く擦ったり、叩くように勢いよく刺激を与えたりして、興奮を高めていった。 「ん、あっ、みやびっ……もっと」  辛抱ならずに空いていた手で屹立を扱くと、さすがの快感にガクガクと腰が震えだす。限界を迎えたのは間もなくだった。 「みや、び……みやびッ――」  名を呼びながら欲望を解放させる。白濁が飛び散ってシーツを汚すも、気にする余地などなかった。 「っ……何してんだろうな、俺……」  自慰行為をしたというのに少しもすっきりしない。それどころか、より切なさを感じるのだった。  スマートフォンが電子音を発したのは、それから一時間後のことだ。  玲央は即座に画面をタップして通話を始める。言うまでもないが、待ちに待った雅からの通話だった。 『わっ、出るの早い』  真っ先にそのようなことを言われ、つい言葉が出なくなってしまう。今のは自分でも恥ずかしい。 『もしかして、待っていてくれたんですか?』 「う、うっせ!」  否定するのも相手を楽しませるだけだと思い、短く言い返す。雅はクスクスと笑った。 『えへへ、嬉しいです』 「ンなことより、そっちはどうなんだよ? ちゃんとやれそうなのか?」 『あー……』  居たたまれなさに話題を振ると、雅が苦笑する気配がした。 『まるで監獄のようで辛いです。正直、もう辞めたいです』 「………………」 『なーんて思っちゃうんですけど。やっぱり玲央さんの声聞いてると、元気出てきますね』 「お前な」 『あ、心配しました?』 「フツーにしたわ、クソが」 『あははっ。だけど実際、忙しすぎてクヨクヨしている時間もあまりなくて……』  その後も、当たり障りない程度に互いの近況を話し合ったのだが、雅も――先ほどの発言にはドキリとさせられたものの――元気そうで安心した。  ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。  時間にしてわずか五分程度の通話。もちろんのこと、長電話など許されていない。 『じゃあ、今日はこの辺りで』 「あ……」  別れを告げようとする雅に、思わず声をかけてしまいそうになって、はたと踏みとどまる。「寂しい」「まだこうしていたい」と言えたら、どんなにいいだろうか。 (こっちが年上だってのに言えっこない。ましてや、困らせるだけだってわかってるのに) 『どうしました?』  玲央の様子に気づいたのか、雅が問いかけてくる。慌てて玲央は取り繕った。 「悪ィ、なんでもねーわ。そんじゃな」 『あ、ちょっと待って』  待ったをかけて雅は、 『玲央さん、大好きです。おやすみなさい、いい夢見てくださいね』 「……おう。じゃあな」  そう言葉を交わして通話を終えた――いや、終えてしまった。  遅れて自分の不甲斐なさに気づいて、玲央は頭を抱える。あそこは「好きだ」の一言でも返すべきだったはずだ。 「あああ~っ……俺ってヤツは!」  決して、雅の言葉を流したわけではない。たった一言とはいえ、言われた瞬間に胸の高鳴りを感じ、思わぬところでまた愛情を感じてしまった。 「俺だって……好きだよ、雅……」  枕に顔をうずめながら呟く。  通話したばかりだというのに、もう話したくなってどうしようもない。 (……どうせなら夢で会えたらいいのに)  思いを馳せながら瞳を閉じると、不思議とすぐに眠りはやってきた。なんとなく彼の存在を感じた気がした。

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