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第6話:
週が明けて月曜日、大橋は喫煙室にいた。タバコを吸いながら、スマホの画面を見つめ、すっかり増えてしまった投稿サイトのブックマークの数にため息をつく。しかもブックマークしている動画は全部男性が投稿主の動画だ。
「こんなの見られたら、絶対にゲイだと思われるじゃん……」
大橋は、あれからアダルトカテゴリーを検索し、"ソウ"のライバルになりそうなアカウントや動画の閲覧数の多い人気アカウントを徹底的に調べて鑑賞し、参考になりそうな動画を、ブックマークしたのだ。
「つーか、みんな下半身出しすぎだろ……他にやることねぇのかよ」
調べてみると、自慰行為を動画にして投稿しているのは、男性だけでなく女性も多かった。さすがに無修正だと運営から即削除されてしまうようだが、その削除されないギリギリで、どれだけいやらしいと思える動画を投稿できるか、というのも面白みのひとつになっているようだ。他には、いやらしさ、エロさ、に加え、トークの上手な人間もいて、自分の持つ特技を活かして閲覧数を伸ばしている。
「でも、望月も負けてないんだよな……」
もとから男の裸に興味があるわけではないせいか、望月と同じように、自慰行為を公開している男性の動画を見たところで大橋の下半身は特に反応を示さなかった。もう、女性に興奮できなくなるのではないかと焦ったが、そういうわけでなく安堵した。たくさんの動画を閲覧して、分析したこともあり、大橋の中で人気の動画については、傾向が掴めた気がする。
「なーに、難しい顔でスマホ見てんの?」
「うわ!」
ちょうど、アダルトカテゴリーの本日のランキングを見ようとしていたところに、背後から突然話しかけられ、大橋は思わず声をあげる。声をかけてきたのは、同じく同期で営業の小島だった。
「なんだよ、エロサイトでも見てたのか?」
「突然、声かけるなって言ってんだよ」
慌てた大橋を高らかに笑う小島に、まさか本当にそうだとは言いにくい。
「そういえばおまえ、こないだの同期会、望月ちゃんと楽しそうに話してたな」
「そうかぁ?」
その後、オナニーを見せてもらう関係になったと言ったら、小島はどんな顔をするのやら。
「あんなに楽しそうな望月ちゃん見たことなかったからさ、あいつも笑うんだなってみんなでおまえら見ながら話してたんだぜ」
「酒の肴にしやがって」
それは自分も思う。望月と話をして初めて、天然で純真無垢な一面も知ったし、笑った顔は小動物みたいにかわいいなんて、社内では誰も知らないのではないだろうか。
「まぁ、おまえだから望月ちゃんも打ち解けたんだと思うぜ」
「どういうことだよ」
「大橋の天然たらしは、男女関係ないからな。おまえを狙ってた女はみんな言ってるよ。大橋くんはみんなに優しいから嫌だってさ」
「……うるせぇよ」
小島とは、大学も同じで付き合いが長いせいもあり、大橋の過去の恋人のことも、交友関係も知られている。小島の言う通り、天然たらしという言葉は、学生時代からずっと言われてきたことだった。女性に告白されると、そのとき恋人がいなければ特に断ることもせず、すぐに恋人同士になる。もとから男女問わず多くの友達には恵まれていて、そんな自分を理解して好きになってくれたと思っていたのに、恋人になった途端にそれが不満になるらしいのだ。
『私をほったらかして、友達と遊びすぎ』
『他の女の子と仲良くしないで』
そしてたいていは『私は大橋くんの彼女なのに、不安』と言われて別れを告げられる。
もちろん付き合っている相手のことはちゃんと好きになる。けれど、恋人ができたからといって、男女問わず友人と遊ぶことを控えないし、恋人と過ごす時間が自分にとっての最優先にもならない。それが女性には気に入らないらしいのだ。
そもそも恋人が男友人と二人きりで遊んでいても、それを咎めたりしないし、気にしない。そこは、寛容で、器の大きい男だと評価されてもいいくらいなのに、それが逆に、女性には不評らしい。
「なんでそれがダメなのか、わからん」
恋人ができると「優先してあげたほうがいいんじゃないか」と周囲から心配され、いつしか特定の恋人を作るのが面倒くさくなってしまい、半年前くらいに新入社員の女子に告白され、三ヶ月くらい付き合って結局、似たような理由でふられ、今はフリーだ。
「本当さ、おまえって外見だけなら、イケメンの部類に入ってるくせに、中身が残念っていうか」
「あのなぁ、少しはオブラートに包んでくれよ」
しかし、小島の言うとおり、この外見は、見掛け倒しで、実際に付き合うと、恋人を大切にしないダメ男のレッテルを貼られてしまうのだ。
「逆に、恋人に対して、あいつは俺だけのものだ、みたいに思うこともないわけ?」
「ない……」
普段から友達との付き合いのほうが楽しく、モテたいと思う割には、実際の恋愛にあまり興味がない。思えば、誰かを自分から好きになったこともなかった気がする。
「見てみたいよ、おまえが嫉妬心むき出しにして、好きになる相手をさ」
「ははは。俺もそんな恋愛してみたいよ」
とはいえ、そんな機会は当分訪れない気がしている。望月の動画に協力すると決めてから、この週末はそのための準備に費やし、それは自分なりにとても充実していた。おかげで、仕事して、帰って飯食って風呂入って寝る、という平凡な日々が一気に色づきそうな予感がする。私生活が充実するってすばらしいなと思う。
「あと、無駄に巨根なのも残念だな」
「それ彼女いないこととは、関係ないだろ?」
これだから学生時代からの長い付き合いの悪友は困る。しかも、自分が巨根なのは、同期会で小島にバラされて、今では社内で周知の事実だ。
「あれ、望月ちゃんじゃね?」
視線を遠くに向けた小島に言われ、喫煙室を区切っているガラスの壁に目を向けると、きょろきょろと誰かを探しているような様子の望月がいた。見慣れているはずのスーツ姿が妙に新鮮に感じられる。今の自分はあのスーツの下の裸まで知っているなんて、なんだかおかしな気分だ。
そのままガラスに近づいた小島が、コンコンと叩くと望月がこちらを向いた。同時に、大橋の顔を見つけて、あっ、と驚いた顔をした。
「おまえを探してたみたいだぜ」
「マジ? じゃ行くわ」
半信半疑ながらも、大橋は持っていたタバコをねじ消す。
「ほとほどにしとけよ。おまえの天然たらしは、男女問わずソノ気にさせるからな」
小島に、ねーよ、と告げて外に出る。どうやら本当に望月の目当ては大橋らしく、律儀に喫煙室の前で、申し訳なさそうに待っていた。
「え、もしかして、俺探してた?」
「大橋くん、どうしようどうしよう。こんなこと、初めてで」
慌てた様子の望月は、慌てて飛び出してきたのだろうか。腕カバーをつけた姿で、指には紙をめくりやすくするリング型の指サックもついたままだ。そして、今は、きょろきょろと周囲を確認している。どうやらおおっぴらに話せる内容じゃなさそうだ。
「自販機んとこ、行こうか。俺も缶コーヒー買いたいし」
望月は、首を縦にぶんぶんと振って頷き、大橋について歩き出した。
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