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第7話:
フロアには喫煙室の隣に、自販機がまとめて設置してある休憩スペースがある。一番目立たない奥まで進み、改めて望月に向き直った。
「で、どうした? 動画のことか?」
望月はジャケットのポケットからスマホを取り出して、大橋に画面を見せた。それは、大橋が喫煙室で見ようとしていた、アダルトカテゴリーの本日のランキングだった。
「昨日の夜、大橋くんに撮影してもらった動画を投稿したんだ……そしたら、ここ、見て」
「え、マジ? デイリーで一位?」
見間違いじゃないかとスマホの画面を指差す望月の手ごと、自分の目にひきよせる。間違いではなかった。"ソウ"の動画がデイリーの一位の枠におさまっていた。
「ランキングってお昼の十二時更新だから、さっき、休憩中に見たんだ。その、メールすればよかったんだけど、直接、お礼を言いたくて……」
「すっげぇ。コメントもついてるじゃん。これ、"すごくエッチだったよ"って、なんか女のアカウントじゃね? お気に入りも増えてるな」
投稿してすぐに閲覧数が急上昇したのだろう。大橋はごく自然に望月のスマホの画面を、タップしたり、スクロールしたりして、間違いないことを確認した。
「いや、みんなようやくおまえに気づいたってことさ。これでスタートラインに立ったって感じだな。この勢いでいこうぜ」
「う、うん」
望月は大きく頷きながら、ぎゅっと両手を握りしめている。仕草がいちいち、かわいい。
「よし、じゃあこの勢いですぐに新しい動画を撮影したほうがいいな。おまえ、今週末は空いてるか?」
「空いてる!」
「よし、じゃ土日が仕事で潰れないように、俺も、平日頑張るわ」
「僕は……何したらいいかな」
「おまえは体を大事にしとけ。傷とか作るなよ」
「そ、そうだよね……気をつける」
「ああ、そうしろ。綺麗な体してんだから」
えっ、と小さく驚いた望月はそのまま目を反らした。心なしか、顔が赤くなってる気がする。
「そんなこと、ないと思うけど……」
「おまえは男にしては綺麗すぎるくらいだ。もっと自信もっていいんだよ」
「そ、そう?」
「おう」
褒めてるのに照れながらも半信半疑な表情を見せているところも、かわいく感じて、思わず、ちょうど肩の位置くらいの望月の頭を撫でる。本当に望月は自分よりも、小さいのだと再認識する。そういえば体も細くて小柄で、きっと抱き締めたら大橋の腕の中に入ってしまうくらいの小ささだろう。
「大橋くん?」
「あ、いや、なんでもない」
声をかけられ慌てて目を逸らす。ごく自然に望月を抱きしめたら、と考えてしまった自分が急に恥ずかしくなった。ついでに望月で勃ったことまで、ついでに思い出してしまい、なんとも言えない気持ちになる。脳内で必死に、望月は男だ。そして俺はノーマルでおっぱい大好きな普通の男だ、と唱え、気を紛らわせる。
「望月」
声のする方を向けば、そこには眼鏡姿の細身の男が立っている。たしか望月の上司で総務課の課長である太田だ。
「太田課長」
「こんなところにいたのか。君宛の電話が入っていたからメモしてある。あとで折り返しなさい」
「すみません、すぐ戻ります」
太田は望月と話しながら、大橋よりもほんの数センチ低いくらいの高さから、ちらちらと横目でこちらを見ている。銀のフレームでかっちりとした印象の眼鏡の奥は、切れ長の吊目が生真面目さを際立たせていて、冗談も通じず、隙がなさそうなイメージを受ける。
「大橋、君は先週の交通費申請がまだ出ていないな」
「あ、すみません。戻ったらすぐやります」
「新人じゃあるまいし、以前から金曜日に出すものだと決まっているだろう。君はいつも出し忘れる」
「……気を付けます」
もとから大橋は、太田のことは苦手だった。事務作業があまり得意じゃない自分が悪いのだが、ひとつの間違いをこうしてネチネチと注意してくる。太田は記憶力がロボット並に良くて、全社員の昔の悪事まで覚えているのか、よく蒸し返してくるのだ。
「大橋くん、書き方わからないなら教えるよ」
「ああ、ありがと。わかんないとこあったら聞くから」
「望月、ずいぶん大橋と仲が良さそうだな」
「ええ、僕と大橋は同期入社なのです」
聞きながらも太田は大橋に向かって鋭いまなざしを送る。まるで子供を守る保護者のような、いや、それよりもっと厳しいような。
「まぁいい。望月、戻るぞ」
「あ、はい。大橋くん、じゃあまた」
「おう、またな」
望月に向かって軽く手をあげたが、その大橋を太田はじっと見ていた。そして大橋が見ている前で、望月の腰にやんわりと手を回し、まるで一刻も早く連れて帰りたいという様子だった。ただの上司と部下にしてはその距離は近すぎる気がした。
「おーおー、もう太田課長に目をつけられたか」
「もう、ってなんだよ」
やりとりを見ていたのか、小島がにやにやしながら、大橋に近づいてくる。
「望月ちゃんは、もともと太田課長のお気に入りだからな。素直で従順で、仕事ができる」
「それにしても、なんか近くねぇか」
「あれ? おまえ知らないの。太田課長ってそっちもイケる。いや、むしろそっちが本命」
「何それ、もしかしてゲイ?」
「ああ。奥さんと別れたのは間男を家に連れ込んでたって噂があったり、なかったり」
「すげぇな。もしかして望月狙われてんの?」
それなら大橋のことを敵視してきたようなあの目線は、独占欲の現れなのだろうか。
「もちろん噂だけどね。ほら、望月ちゃんってなんか男でも抱けそうな中性的な感じだと思わないか? 実は処女じゃないかもよ?」
「おいおい、やめようぜ。知ってる男同士でそういうの想像したくねぇわ」
それだけじゃない。実際、望月は自慰行為の際に、通常触れることがない後ろの穴を使っていた。それはいわゆる男性同士の経験があるように思えてしまう。まさか、太田が教えたなんてことは、ないだろうな。
「まぁ、大橋は健全なリア充だもんな。世の中にはそういう関係もあるってことよ」
小島の言う、そういう関係というのは男性同士の恋愛という意味なのだろう。もちろんそれ自体を否定するつもりはない。ただ望月が誰かとそういう関係になった過去があったとすれば、胸がざわつく。
「それは、なんか嫌だな」
「え? ああ、おまえは無理そうだよな」
この感情はなんだろう。男同士で恋愛することへの嫌悪感というより、望月が誰かとそんな関係になることは単純に嫌だと感じてしまうのはなぜなのだろうか。
ついさっき望月と分かち合ったランキング一位の喜びが、遠いことのように思えた。
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