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酔いどれ話
失敗した…
その日、漆黒は自分の行動が軽率で浅はかだったことを思い知らされていた。
「だめれすよ、漆黒さん逃げようとしたら。俺たちまだまだ呑み足りないんですから」
「あんたが誘ってきたんだ。最後まで付き合うのが筋ってもんだろ」
漆黒の両側では、すっかり出来上がった男二人がアルコールの匂いをプンプンと漂わせながら漆黒の腕をガッチリとホールドしている。
身動きを封じられた漆黒は、やれやれと目を回した。
ことの始まりは他愛のない会話からだった。
ゆうずい邸の中庭にある溜まり場。
そこで例の如く紅鳶と青藍と三人で、ぐだぐだとしながら他愛のない会話をしていた時の事、ふと酒の話になった。
ゆうずい邸での飲酒は特に禁止されてはいない。
酒好きの客に勧められた時、つきあうのも大事な接客の一つだからだ。
但し、男衆の監視の元だけとされている。
理由は男娼が飲みすぎるのを防ぐため。
泥酔したりして品がなくなるというのも理由の一つだが、一番問題なのがアルコールを大量に摂取する事による勃起不全だ。
客はゆうずい邸の男娼に抱かれるか、しずい邸の男娼を抱く事を目的に淫花廓 へやってくる。
それなのに、ゆうずい邸の男が万が一にも「勃たない」なんて事になったら男娼への不満はもちろん高級廓としての店の信用も落としてしまう。
そんな事にならないよう男衆が常に監視して、過剰摂取を防いでいるのだ。
また、ゆうずい邸の男たちは血の気が多い。
雄の本能のまま、敵意を剥き出しにしてるような奴らに酒を好きなだけ与えれば収拾がつかなくなるのは目に見えている。
だから男娼は、楼主に許可を貰い男衆たちの監視の元でしか飲酒することができないのだ。
しかし、ろくに休みも貰えず営業時間後はすっかり陽も昇っている状況で、仲良く酒を酌み交わすなんて事は誰一人しようとはしない。
監視付きの酒の席なんて興が削がれることをわざわざしようと思わないのは当然だ。
きっとそれも男娼たちを牽制するための楼主のやり口なのだろう。
外の世界だったら職場の付き合いにしろ友人との付き合いにしろ自由に酒を飲むことができるため、誰がどのくらい強いか弱いかわかる。
しかしここの男娼は自由に飲む機会がないため、酒の強さはお互い未知なのだ。
青藍は自分こそ一番強いと言い張った。
なんでも青藍の親戚は酒豪の人間ばかりで、血筋的にアルコールにはもっぱら強いんだとか。
そんな青藍に負けじと紅鳶も自信満々で自分だと言い張る。
性欲を自在にコントロールできる自分ならアルコールなんかで惑わされることはない。
酒に飲まれるなんて絶対に有り得ないと言い切る。
確かにこの二人なら、酒で理性を失うなんてことはなさそうだ。
漆黒もそう思っていた。
いつも冷静沈着でどんな面倒な客が来ても顔色一つ変えずに対処できているこの二人なら、酒に呑まれる事なんてないと勝手に考えていたのだ。
しかし、その憶測は全くの外れだった。
二人は、たったコップ二杯の酒で見事に酔っ払いと化したのだ。
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