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酔いどれ話3
漆黒はこの淫花廓へ潜り込む時、自分の素性や任務がバレないよう従容自若を貫くと固く心に決めていた。
しかし、今目の前で起こっていることには流石に度肝を抜かれしまっている。
なぜならゆうずい邸のトップ男娼同士が何の前触れもなくキスをし始めたからだ。
確かにここはそういう場所だ。
キスなんてリップサービスとセットのようなものだし、それ以上の事だって当たり前のように行われている。
しかし、まさかゆうずい邸の、よりによって青藍と紅鳶がそういう行為をするとは露ほども思っていなかったのだ。
「お前ら何して…」
困惑する漆黒に構う事なく、キスは少しずつ深く濃密なものになっていく。
それと同時に、唾液の混じる濡れた音も立ちはじめた。
まさかこの二人、普段からこんな事をしているのだろうか。
なんの躊躇いもなく行われる行為に漆黒は眉を顰めた。
そしてしばらく考えてある結論にたどり着く。
二人はそういう仲なのだろうか?
確かにこの二人、他の男娼たちと比べて距離が近い。
立場的なものもあるかもしれないが、普段からお互い飾ったりせず素のままで接しているように見える。
『男娼』とはいえ皆人間だ。
一緒に働いていて惹かれ合うということがあっても決しておかしくはない。
つまり…青藍と紅鳶はそういう関係なのだろう。
しかしまた随分と厄介な相手に惚れ込んだな…
漆黒はやれやれとため息をついた。
淫花廓で男娼同士の色恋沙汰は御法度。
万が一にでも楼主の耳に入ったら、人気男娼とはいえただじゃ済まされないはずだ。
しかも厄介なことに漆黒は意図せずその秘密を知ってしまった。
できれば見なかったことにしてやりたいが、こんな至近距離で目撃してしまった以上、それもできないだろう。
これからこの二人とどう付き合っていくべきか…
漆黒が考えあぐねていると、突然紅鳶の手が青藍の着流しを乱し始めた。
「ちょ…っ…っん、んんっ!!!」
抗議をしようとしたのか、口を開いた青藍の舌を紅鳶の舌が素早く絡めとる。
後頭部を押さえ込まれた青藍は、なすすべもなくあっという間に紅鳶のペースに引き摺り込まれていった。
さすが一番手を張るだけとあって、自分のペースに持っていくのが巧みだ。
僅かに抵抗していた青藍だったがすぐにそれもなくなった。
先ほどよりも激しい水音。
一体どんな舌戯を受けているのか、生々しい光景に漆黒は思わず生唾を飲み込んだ。
こんな光景見慣れているはずなのに、漏れる吐息の甘さに妙にドキドキとしてしまう。
どっちがどっち側なんだという興味は多少あったが、さすがにこれ以上は色々とまずいと思い、漆黒は二人を無理やり引き剥がした。
お互い唇に吸い付いていたのだろう。
小さなリップ音を立てながら唇が離れていく。
「これ以上はストップだ。まさかここで最後までヤる気じゃねぇよな?気持ちはわかるがせめて俺の上ではやめてくれ」
紅鳶のテクニックがよっぽど凄かったのだろう。
唇を解放された青藍の目は既にトロリと溶けている。
漆黒は何とか上半身を起こすと、未だに漆黒の膝に乗って宙を仰ぐ青藍の着流しを軽く整えてやった。
「そろそろ部屋に戻ろう。あぁ、安心しろ、お前らの事は誰にも言わないでおいてやる」
我ながら優しい心遣いだ。
しかし、ここで恩を売っておくのも良いかもしれない。
任務を円滑に遂行するために、後々この二人が何かの役に立つかもしれないと思ったからだ。
すると、今の今までぼんやりしていた青藍がカッと目を見開いた。
そして漆黒の襟首を掴むとグイッと顔を近づけて言った。
「どっちのキスが上手だった?!」
「は?」
「だ〜か〜ら、どっちのキスが上手だったかって聞いてるんれすよ」
「わかるわけないだろ、俺がされたわけじゃねぇんだ…から」
そう言った後で漆黒はしまったと思った。
青藍の顔が気持ち悪いくらいニヤついている。
「じゃあ今度はどっちが上手いかしっかりジャッジしてくださいね」
そう言うと、有無を言わさず唇をくっつけてきた。
さっきまで紅鳶とくっついていた唇を。
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