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八,豊穣の宴

「まあ姫様、とってもお似合いです! ね、耶雉さん」  黄金色の秋によく映える、小栗色の襲色目。表は柔らかな瑠璃に、裏は淡青をしている。  是愛が仕立てさせたことを除けば、玻璃乃もとても気に入る色合いだった。 「はい。まるで物語の姫君です」  ふわりと微笑む耶雉に、真正面からそんなことを言われて、玻璃乃は不意に胸を高鳴らせる。この高鳴りがどういった感情から来ているものなのか。それは難解な問題でしかないので、気付かないことにして「ありがとう」と素直に返す。 「あらあら、耶雉さんも洒落た言い回しを覚えて」 「いいえ、僕は本当にそう思ったんですよ。すみれさまだって」 「あらやだ耶雉さんったら」  軽いやりとりをするすみれと耶雉は、玻璃乃が自ら選んだ衣を身に着けていた。  すみれは落ち着いた紫苑のかさね。耶雉は生成りの衣に、深縹の背子を合わせている。当初は、直衣か狩衣を仕立てるつもりだったが、本人の希望により旧式の衣と背子となったのだ。  確かに今まで着ていたものに形が近く、彼にはしっくりきている。しかし、玻璃乃は少しだけ残念に思っていた。耶雉が直衣や狩衣をまとったら、どんなに美しかっただろう。それこそ、白拍子のように艶やかだったろうに。  ――そんな思考で気を紛らわせても、宴は玻璃乃の気持ちを待ってはくれない。牛車に揺られて庭園に着くと、先に邸を出ていた是愛が、席で彼女たちを迎えた。 「よく来たな。玻璃乃……よく似合っているぞ」  是愛は目隠しの帳の中へ姫たちと耶雉を残し、その席の傍らで、さまざまな来訪者と挨拶を交わし始めた。 「……っ」  敷き布の上に置かれる茵に座る玻璃乃の体は、緊張で強張っていた。  久方ぶりの公の場。父と貴族たちが言葉を投げ合っているのが、どうしようもなく心を引き絞る。 「……玻璃乃さま」  ふと、背中に温もりを感じて耶雉を見る。優しくあてられた手の平。  ただ触れているだけで、玻璃乃の強張りは和らいだ。  ――それも、束の間のことであった。 「ずいぶんご無沙汰でございますな、是愛殿。どうですか、玻璃乃姫は」 「これは……お久しぶりでございます。娘の体調が優れず、ご心配をおかけして」  突如話題に挙げられて、玻璃乃の肩がぴくりと震える。是愛は中年の貴族の男と話しているようだ。 「ははは、そうではなく。亡き母君には似てきましたかな? ――都で最も美しいとされた三人のうちの一人、るり子姫に」  その言葉が几帳をすり抜けた瞬間、玻璃乃は体の芯が冷えるのを感じた。気温が低いわけではないというのに、寒くて寒くて仕方なかった。  ついには縋るように耶雉の手を握り締め、俯き、一切の音を聞くのをやめた。

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