9 / 17
八,豊穣の宴
「まあ姫様、とってもお似合いです! ね、耶雉さん」
黄金色の秋によく映える、小栗色の襲色目。表は柔らかな瑠璃に、裏は淡青をしている。
是愛が仕立てさせたことを除けば、玻璃乃もとても気に入る色合いだった。
「はい。まるで物語の姫君です」
ふわりと微笑む耶雉に、真正面からそんなことを言われて、玻璃乃は不意に胸を高鳴らせる。この高鳴りがどういった感情から来ているものなのか。それは難解な問題でしかないので、気付かないことにして「ありがとう」と素直に返す。
「あらあら、耶雉さんも洒落た言い回しを覚えて」
「いいえ、僕は本当にそう思ったんですよ。すみれさまだって」
「あらやだ耶雉さんったら」
軽いやりとりをするすみれと耶雉は、玻璃乃が自ら選んだ衣を身に着けていた。
すみれは落ち着いた紫苑のかさね。耶雉は生成りの衣に、深縹の背子を合わせている。当初は、直衣か狩衣を仕立てるつもりだったが、本人の希望により旧式の衣と背子となったのだ。
確かに今まで着ていたものに形が近く、彼にはしっくりきている。しかし、玻璃乃は少しだけ残念に思っていた。耶雉が直衣や狩衣をまとったら、どんなに美しかっただろう。それこそ、白拍子のように艶やかだったろうに。
――そんな思考で気を紛らわせても、宴は玻璃乃の気持ちを待ってはくれない。牛車に揺られて庭園に着くと、先に邸を出ていた是愛が、席で彼女たちを迎えた。
「よく来たな。玻璃乃……よく似合っているぞ」
是愛は目隠しの帳の中へ姫たちと耶雉を残し、その席の傍らで、さまざまな来訪者と挨拶を交わし始めた。
「……っ」
敷き布の上に置かれる茵に座る玻璃乃の体は、緊張で強張っていた。
久方ぶりの公の場。父と貴族たちが言葉を投げ合っているのが、どうしようもなく心を引き絞る。
「……玻璃乃さま」
ふと、背中に温もりを感じて耶雉を見る。優しくあてられた手の平。
ただ触れているだけで、玻璃乃の強張りは和らいだ。
――それも、束の間のことであった。
「ずいぶんご無沙汰でございますな、是愛殿。どうですか、玻璃乃姫は」
「これは……お久しぶりでございます。娘の体調が優れず、ご心配をおかけして」
突如話題に挙げられて、玻璃乃の肩がぴくりと震える。是愛は中年の貴族の男と話しているようだ。
「ははは、そうではなく。亡き母君には似てきましたかな? ――都で最も美しいとされた三人のうちの一人、るり子姫に」
その言葉が几帳をすり抜けた瞬間、玻璃乃は体の芯が冷えるのを感じた。気温が低いわけではないというのに、寒くて寒くて仕方なかった。
ついには縋るように耶雉の手を握り締め、俯き、一切の音を聞くのをやめた。
ともだちにシェアしよう!