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十,寝物語

 明くる日の夜も、耶雉は釣殿へ近付いた。やはり、そこには是愛が座していた。 「また君か」  是愛は気難しそうな顔を耶雉に向けたが、以前のような棘はなかった。 「是愛さまも、また、ですね」 「……そうだな」  耶雉の言葉に、是愛の頬が少しだけ緩む。本来の顔つきを見られた気配がして、それを嬉しく感じたが、一つだけ違和感を覚えた。  表情が和らいだものの、目の下に陰影が見えたのだ。 「もしかして……、眠れないんです?」  その問いに、是愛はやや驚いた目をする。 「……君は、不思議だな」 「あ、よかったら肩か膝、貸します? 僕の膝は、太子さまもお気に入りだったんです――あ、」  ふと、故郷を思い起こし楽し気に語ってしまった。それがなんだか悪いことのような気配がして、耶雉は慌てて口をつぐむと姿勢を正す。 「こ、これは、失礼を……」  ようやく、是愛と穏やかに言葉を交わせるようになったのに。耶雉は浮ついたことを静かに恥じた。 「…………いや、構わん。口にして辛くないなら話すといい」  しかしそれでも、是愛の声は優しく耳を揺らす。 「え?」 「君の言う通り、私はまともに眠れていない。もう、何年も……だから――」  そして柔らかな夜風に包まれて、言葉を続ける。「寝物語のように、君のことを教えてくれ」と。  耶雉は和やかに破顔し、そっと唇を開く。  語られるは、黎星国での日々――慈しみ育てた太子のこと、月ノ輪語を教えてくれた月ノ輪人のこと、宦官という道を選んだ理由――知らない文化や風習、言葉に、是愛はそれこそ寝物語を聞く童のように胸を躍らせるのだった。    夜更け。喉の渇きを覚え、玻璃乃は寝所を起き出した。そうして東の対から母屋へ向かう途中――遠い釣殿で動く影を見つける。 「あら……?」  月明かりを頼りに目をこらし、なんとかその陰影を読み解く。 「あれって、耶雉とお父様よね。……また、喧嘩のようなことになっていないといいのだけど」  このまま打ち解けてくれたらいい、と思うと同時に、羨ましさがこみあげる。この国での耶雉のことを、全部知っているのは自分だった。だがこうして今は、自分の知らないところで父と話している耶雉がいる。 「だめよ……お父様には、耶雉を認めてもらわなくては」  複雑な想いを振り切って、玻璃乃は唇を濡らしに向かった。

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