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十二,最後の我が儘

「気持ちが落ち着くまで、そうしていなさい。私で、役に立てるのならば」 「……ありがとう、ございます」  耶雉は是愛の背中に額を預けると、静かに俯いた――。  脇息に肘をかけながら、玻璃乃は昨夜のその光景を思い出す。  すみれに連れられ寝所に帰ったものの、やはり心配でたまらず、廊下を戻ったのだった。 (耶雉の支えになれるのは、……)  今朝はまだ、耶雉の姿を見ていなかった。昨日の今日で、寝所から出ていないのだろう。 「玻璃乃。邸の警固は強めたから安心しなさい」  御簾越しに、父の姿が見える。本当ならば、今は口さえ聞きたくない。  けれど……。 「……分かりました。ところでお父様」  玻璃乃の声に、是愛は御簾をくぐる。どうした、と問い返しながら、娘の前へ座った。 「お父様は耶雉のこと、どう思ってらっしゃるの」 「……どう、とは」 「……春になったら……あちらの邸に、移ろうと思っておりますの。でも耶雉のことが気がかりで」  ――あちらの邸に移る。  それは、玻璃乃の嫁入りを示していた。体調を理由に先延ばしにし続けていた、夫の邸への嫁入り。 「本当は、耶雉を連れていきたい。耶雉を、わたくしのそばにずっと置いていたい」  玻璃乃の言葉に熱がこもる。しかしそれは溜息となって途切れた。 「けれど、人の妻になろうとする娘に、そんなことは許されないでしょう」  是愛は、いままでにないほど真っ直ぐに、娘の目を見た。玻璃乃もまた、いままでにないほど、父の目を見た。 「わたくしは、お母様が好き、お父様も……好き。けれど、耶雉のことも同じくらい、……好きなの」  色々な感情を絞り出すように玻璃乃は内心を吐露していく。いままで誰にも触れさせなかった、その感情を。 「だから幸せになってほしい。故郷へ帰してあげることは、わたくしの力ではどうにもできません……だからせめて、この国で幸せを見つけてほしい。それさえ叶えば、なんの憂いもなく嫁げます」 「玻璃乃……」 「お父様……これが、最後の我が儘なのです。どうか……耶雉の幸せを、わたくしに見届けさせてください」  希う娘の姿は、まさに一人の女性であった。

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