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十三,是愛

 灯台の明かりが揺らめくのを見つけ、耶雉は是愛の塗籠を覗く。その明かりを頼りに、是愛は書に目を通していた。 「是愛さま、いま、大丈夫ですか……?」 「耶雉か。構わない、入りなさい」  仕切った几帳を抜け、耶雉は恐る恐る塗籠へと侵入する。さすがにここに来たのは初めてだった。二辺を板の壁で囲み、また二辺を几帳で仕切っている。ほかの居間よりも遮断性があり、不眠気味の是愛にはよい環境らしい。 「君こそ、もう平気なのか」 「……はい。心配をかけました」  そうか、と短く返事をすると、もうそれ以上の追及はしなかった。 「いい知らせがある。玻璃乃が、嫁入りの決意をしたそうだ」 「そうでしたか! よかった! 今日は僕、ほとんど寝てしまって……お話できなかったから。ああ、でも本当に、嬉しいですね」  まるで自分のことのように無邪気に喜ぶ耶雉。すみれ同様に、ずっと玻璃乃を見守った存在かのようだ。 「耶雉」 「はい」 「玻璃乃がこの邸を出たら、君はどうするつもりだ?」  是愛の言葉に、空気がしんと静まり返る。 「……そう、ですね、どこかで小間使いの仕事でも見つかれば、いえ、寺に入るといいですね。黎星の皆さま、そして玻璃乃さま、是愛さまの幸せを願って、過ごしたいと思います」  自国へ帰ることが絶望的である以上、玻璃乃の保護が受けられなければ孤の存在であり、場合によっては闖入者として捕まるだろう。 「すまない、棘のある言い方だった」 「いいえ、心配してると分かってますから」  耶雉はそう言って、ただ微笑むのだ。その笑みは気丈であるとか、本心を隠しているだとか、そういった夾雑はなく、ただただ心からの微笑みなのだ。 「玻璃乃さまの決心、母君もお喜びになりますね」 「ああ。玻璃乃の嫁入りを、誰よりも願っていたからな……」 「……お会いして、みたかったです。玻璃乃さまの母君に……あなたの愛した、あなたに愛された……女性に」  灯台の明かりを受けて、耶雉の青い瞳は夕暮れのように輝いた。 「…………そうして、あなたを諦めて、みたかった」   うわ言のように呟くと、耶雉はすぐに立ち上がった。 「変なこと言いました。僕、もう休みます」  くるりと背中を向けた耶雉を追って、是愛はその腕を掴む。昨日の今日で、その体はやや強張った。 「すまない……本当はあの晩、気がふれてしまいそうだった。他の男がお前を奪いにきたと聞いて、言いようのない後悔と焦りが溢れた」  掠れるような是愛の声。それでもまだ、耶雉は振り返ろうとはしなかった。 「私も、あの男と同じだ。同じなんだ。君に触れたくて、仕方がない」 「これちか、さま……」 「もう二度と、他人に心惹かれることなどないと思っていたのに」 「やめてください……!」  耶雉は腕を振りほどきながら、是愛の瞳を真っ直ぐに捉える。 「僕はもう男にも女にもなれない、玻璃乃さまの小間使いにもなれない、月ノ輪人にもなれない……それなのに、あなたの傍にいたくて、仕方がないんです」  感情的に揺れる瞳、震える唇に、ようやく耶雉の心が見えた気がした。とても穏やかで、時に無邪気な人。それが耶雉だと誰もが思っていた。けれど本当はずっと、怖かったのだろう。 「あなたの心を休ませる……月に、なりたいと……」  あの晩に二人で見た月の、なんと優しく温かったことか。 「……だからこそ、君は妻にも夫にもなれる。もちろん、私の」 「是愛さま……」  ふいに伸ばされた指先が、ほんの微かに頬に触れる。触れているのは皮膚ではなく、ほとんどうぶ毛に近い。  「それでは、君という月を満たせないだろうか?」

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