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「すみません。俺ホール戻ります。ありがとうございます」
まだあの男性がいる可能性もあるが、混乱したとはいえこれ以上は私情を挟むわけにはいかない。
それに、この時間のホールには俺と亜門さんしかいない。
閉店間近まで飲み会で盛り上がって居座っている客を追い出しにかかるという最後の仕事が待っている。
「まあ、また何かあったら俺を呼べよ」
「はい、ありがとうございます」
冷蔵庫にペットボトルをなおしてホールへと戻る。
途中、聞こえた扉のベル音に男性だといいなと思った。
近づくつもりはないが、客として呼ばれてしまっては避けられない。
どうするかなと考えながらホールに戻れば、そこには構えていた男性の姿もなければ、他の客も消えていた。
見慣れた猫背だけがある。
「おー、戻ってきたか」
「すみません。さっきはありがとうございました」
気怠そうに振り返った亜門先輩に近づいて礼を言えば、興味がなさそうに「ん」と返事される。
男性の時のように厄介な客に捕まった時など、助けてくれるときは勤務歴が長いだけあって颯爽としてカッコいいのだが。
「他の客もさっき会計終わらせて帰った」
「ありがとうございます」
「ま、気にすんなよ」
店内の掃除のために道具を取りに行こうと亜門先輩の横を通り過ぎようとすれば、頭をぽんぽんと叩かれる。
言葉は少ないがそれが気遣いだというのは付き合いで分かる。
頭を下げて用具室へと向かった。
仕事をしていたら男性のことなどすぐに気にならなくなり、その日はそれ以上何事もなく終わった。
次の日も普段通り大学を終えた後はバイトに行ったが男性は来なかった。
バイトを終えて自転車を漕いで帰宅している時だ。
夜道を人とすれ違ったかと思えば、佐々木さんと名前を呼ばれた気がして自転車を停める。
振り返ればそこには杖をついて腰を大きく曲げたお爺さんがいて、遅れて自宅であるアパートの大家さんであることに気づく。
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