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「君の匂いがするな」 「……!」 予想外の第一声にドキリとなる。恥ずかしさに顔が熱くなる。 俺の部屋なのだから俺の匂いがするのは別におかしくはないのだが、それを改めて言われるとどう答えていいか分からず戸惑う。 「あ、あの!お茶を用意するので適当に何処かに座って待っていてください」 「ああ、ありがとう」 郁也さんがテーブルの前に座るのを確認して、冷蔵庫へと手を掛ける。 朝早く近所のスーパーに買いに行き、お皿に用意していたビターチョコレートケーキを取り出す。 ラップを取り除き、少し前に用意していたやかんのお湯を使って、ティーバッグの紅茶を淹れた。 紅茶を蒸らすために手が空いて郁也さんを見れば、郁也さんは興味深そうに部屋を見回していて色々な意味でドキドキだ。 と、不意に振り向いた郁也さんと目が合ってドキリとなる。 「君は一人暮らしは長いのか?」 「まだ半年ぐらいです。大学に入ってから一人暮らしを始めたので」 「そうか、君は偉いな。しっかりしている」 まさか褒められるとか思っていなくて、一瞬言葉に詰まってしまう。 偉いなんて、もう随分と誰にも言われていない言葉だ。 郁也さんは特別な意味を持たせたわけではないと分かっているのに、じんわりと胸が熱くなる。 軽く振ったティーバッグを取り出して、用意したそれらをお盆に乗せて郁也さんの元へと持っていく。 「粗末なものですが、良ければどうぞ」 「ありがとう。君が用意してくれたものだというだけで十分に嬉しい」 「……ありがとうございます」 どう答えたらいいかわからなくて、結局そんな言葉しか出てこなかった。

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