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「待たせてすまないね。おや?そちらの方は……ああ、挨拶に来てくれたのかい?今日引っ越すんだね」
大家さんは俺の後ろにいる郁也さんを見るとすぐに、察しが良く穏やかに笑う。
郁也さんは俺の荷物が詰まった大きなボストンバッグを持っているのもあって、引っ越しを手伝いに来てくれた人に見えているのかもしれない。
「急にすみません。今まで本当にお世話になりました。何も用意できてなくて手ぶらで挨拶しに来て申し訳ないです。また後日改めて伺います」
部屋の鍵を渡して頭を下げれば、大家さんに手を握られた。皴だらけの手は頼りなく柔らかで、だけど温かくて優しい。
大家さんの人柄そのものだと思う。
「いいんだよ。何もいらないよ。私の方こそ今回は急な立ち退きで申し訳なかったね。今までこんな窮屈なアパートに住んでくれてありがとう。元気にやるんだよ」
「はい……!ありがとうございました」
「気をつけていきなさい」
離れた手を名残惜しく思いながら、大家さんにもう一度頭を下げる。
「あの、部屋のことなんですが」
「密、すまないがそのことを含め俺は大家と話がある。少し待っていてくれないだろうか?」
そのままになっている荷物があることを相談しようとすれば、それよりも先に郁也さんが言う。
「……わかりました。俺、少し離れたところで待ってますね」
「すまない。すぐに行く」
なんとなく郁也さんを見て、俺がいてはいけない気がした。
退去に掛かる費用は負担してくれると郁也さんが言っていたため、恐らくだがそのことだとは思う。申し訳なく思いながら、それについてまた後で郁也さんと話すことを決めて二人の元を離れる。
遠目に二人を見れば、何かを話す郁也さんと、それに対して大家さんが穏やかに笑って頷いていた。
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