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ここに住んでいるのだから当然なのだが慣れた様子で進む郁也さんを別世界の人のように思いながら、一緒にエレベーターに乗る。
硝子張りになっているエレベーターは外の景色が見えて、瞬く間に高くなっていく景色に圧倒される。
「先程見た通り、ここにはコンシェルジュが常にいる。俺がいない間にもし困ったことがあれば相談するといい」
「凄いですね……」
「気に入って貰えたなら嬉しい」
いえ、庶民の俺にとっては気に入るかどうか以前の問題になります……。
俺は一生分の幸運を現在進行形で消費しているのではないだろうか。
それから程なくしてエレベーターが停まり、扉が開く。
降りた郁也さんは真っ直ぐに正面扉に向かうと鍵を開けて扉を開く。
「入ってくれ」
「お邪魔します……」
「密」
恐る恐る入ろうとしていれば、急に郁也さんに引き留められる。
「どうかしましたか?」
「ここはもう君の家なのだから、ただいまと言って欲しい」
真っ直ぐに見つめられて告げられた言葉に胸がドクンと高鳴る。
「ただいま」
「お帰り」
「……っ」
頬が熱くなるのを感じる。ただいまと言って、おかえりと言ってもらえるのは随分と久しぶりだった。
言葉が胸に染みるようだ。凄く嬉しいと思った。
「密、君の鍵だ」
手を取られ、鍵を渡される。大した重みではないのに、冷たい金属の感触と重みをしっかりと感じた。
俺の鍵。一人ではなくて、郁也さんと一緒に住む家の。
一人ではないというだけで、鍵の重みが違って思える。
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